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階段を駆け上がれば、巨大な枝に辿り着く。 枝から伸びたロープに繋がれて停泊しているのは帆船に似た一艘の船だった。海で用いられる帆船のようでもあるが、舷側にグライダーのような羽が突き出ている。 果たしてこの羽は空中での揚力を得る為か、それとも魔法の恩恵を受ける為のものだろうか。後でルイズに聞いてみよう、とジョセフは考えた。 枝から甲板に伸びるタラップを降りると、酒を飲んで甲板で気持ちよく寝込んでいた船員が目を覚まし、身を起こす。 胡散臭げに一行を見やる船員にワルドが実に貴族らしい交渉――とどのつまりは居丈高な態度での要求の強要である――をしている間、ジョセフは荒く大きな呼吸を続けながら船の縁に凭れ掛かっていた。 「ねえジョセフ、本当に大丈夫?」 心配そうに近付いてくるルイズに、ジョセフは鈍痛に苛まれながらもそれでもニカリと笑ってルイズの頭を撫でた。 「なあに心配するなルイズ、こんなモンかすり傷じゃ。ツバつけて酒飲んで寝てたら治っちまうわい」 そうは言うものの、剥き出しになっている右腕は目を背けたくなるほどの大怪我を負っていた。 手首から肩まで巨大なミミズ腫れが幾つも走り、開いた胸元にも少なからぬ火傷が見えていた。 「でもすごいケガよダーリン。明日になったらタバサの精神力も回復するけど、秘薬の持ち合わせも無いから、治癒の魔法も気休め程度にしかならないわ……」 火のメイジであるキュルケは、水系統である治癒魔術は不得手な部類に入る。 メイジが五人も雁首を揃えているのに、ジョセフの治癒に掛かれるメイジはタバサくらいだった。 「あーあー、ダイジョブダイジョブ。なんなら波紋で何とかするしな。すまんが後で包帯巻いてくれんか」 心配を隠さずに自分達の側にいるルイズ達を安心させようと、いつも通りの笑顔を振り撒くジョセフ。 だが痛々しい傷跡を目の当たりにしている少年少女達の心配を雲散霧消させるほどの効果は、さしものジョセフと言えども得ることは出来なかったようだ。 やがてワルドと交渉していた船長が船員達に出航命令を下し、船員達はぶつくさと文句を垂れながらも俊敏な動作で出港準備を整えていく。 さしたる時間も置かずに船は枝に吊るされたもやい綱から解き放たれ、帆を張った。 戒めから解き放たれた船は一瞬空中に沈むが、風の魔法を溜め込んだ風石が発動すると帆と羽が風を受けて大きく張り詰め、船が動き出す。 船が動き出してきたところに、ワルドのグリフォンとヴェルダンデを口に咥えたシルフィードが船の後ろに追いすがってきて、船員達を驚かせた。 二頭の空飛ぶ使い魔は、驚く船員達の視線も気にせずに船の後部に降り立つと、身を丸めてその身を休める。 口に咥えられてやってきたヴェルダンデがシルフィードに何やら抗議している模様だが、きゅいきゅいもぐもぐと言い合っている様子は微笑ましさを感じさせた。 「それにしてもわざわざフネなんか使わなくても、ワルド子爵のグリフォンやミス・タバサのシルフィードもいると言うのに。アルビオンまでこの二頭に乗っていけばいいんじゃないのかい?」 心に浮かんだ疑問を隠しもせずに披露するギーシュに、ルイズが答える。 「ワルドのグリフォンがいくらタフだって言っても、アルビオンまでは遠すぎるわ」 「それに先程船長から聞いた話だが、ニューカッスルに陣を引いた王軍は包囲されて苦戦中とのことだ。周囲の空には貴族派の艦船が隙間なく陣を張っているとも聞く。となれば、貴族派に売りつける硫黄を満載したこの船に乗っていく方が遥かに安全という次第だ」 ワルドが続ける言葉に、ギーシュは反論することも出来ずむう、と黙り込んだ。 だがルイズはその言葉に大きな目を更に見開いて、ワルドに問うた。 「ウェールズ皇太子は?」 「わからん。生きてはいるようだが」 「どうせ港町は全て反乱軍に押さえられているんでしょう?」 その後もルイズとワルドの相談は続き、何とかニューカッスルを包囲する反乱軍の目を誤魔化して強行突破するしかあるまい、という結論に辿り着こうとしていた。 その間ジョセフは舷側に寄りかかり、船員から譲り受けた包帯をタバサに巻いてもらいつつも、行儀悪くワインをラッパ飲みしていた。 (にしてもなあ) ジョセフは思った。 (こういう類の乗り物に乗ると大概ロクでもないことがコトが起こるんじゃよなぁ) 飛行機に限らず、吸血馬の馬車に車にラクダに潜水艦と、奇妙な冒険の最中に乗り込んだ乗り物を悉く大破させてきた実績がジョセフにはある。 だがジョセフは空気を読んで、そんな不吉な言葉を発することはしなかった。 後ほどジョセフは一人、自分の奇妙な乗り物運をつくづく噛み締めることとなったのだが。 船員達の声と眩しい朝の光で、床板に寝そべっていたジョセフは目を覚ます。見上げれば澄んだ青空があり、見渡す限り一面に広がる雲の海の上を船は滑らかに進んでいた。 「アルビオンが見えたぞー!」 鐘楼の上に立った見張りの船員が大声を上げた。 ジョセフは大きな欠伸をしつつ、まずアルビオンを確認することではなく、左右で寝そべっている人の気配の正体を確かめた。 ケガのない左腕にはキュルケが両腕を回して密着していたせいで、褐色の形良い膨らみが左腕に押し付けられていて、ジョセフの口元がかなりだらしなく緩んだ。 対して包帯の巻かれた右手は、火傷に障らないような優しさで小さな手が重ねられていた。その小さな手の主は、ルイズだった。ジョセフの口元は、今度はふわりと綻んだ。 一晩の睡眠波紋呼吸で火傷もかなり快方に向かっている。この分なら今日中にでも完治させることも可能だろう。 とりあえずジョセフは、ルイズとキュルケの手を取り、ゆっくりと波紋を流し込んでいく。 やがて体温を上昇させた二人は眠気と疲労を消し去って覚醒した。 「んー……おはようダーリン、いい朝だわね」 起き抜けからいきなりジョセフに抱きつくキュルケを目の当たりにしたルイズが、いつものようにキュルケに食って掛かるのを微笑ましげに眺めていたジョセフは、ふと視線を上げた先に見えた物体に思わず口をぽかんと開いた。 「うわ……えっれぇモン見ちまったのォ~」 ジョセフの視線の先には、雲の切れ間から覗く巨大な大陸があった。視界が続く限り延びている大陸には幾つもの山が聳え、数本の川が流れているのさえ見ることが出来た。 「驚いた?」 ジョセフが思わず見せた無防備な表情に、キュルケへ向けていた怒りが消え去ったルイズがにまりと笑って問いかけた。 「あー、こんなすげェモン見たのは生まれて初めてじゃよ」 素直に感嘆するジョセフに、ルイズは自分の手柄でもないのに満足げに笑みを浮かべた。 「あれが私達の目的地、浮遊大陸アルビオン。ああやって空中を浮遊して、主に大洋の上を彷徨っているの。でも月に何度か、ハルケギニアの上にやってくるのよ。通称『白の国』とも言われているわ」 アルビオンに流れる川から溢れた水が空に落ちて白い霧が発生し、それが雲となってハルキゲニア全土に大雨を降らせるのだと、かの大陸が白の国と呼ばれる所以をルイズがジョセフに親切丁寧に説明していたところ、見張りの船員の大声が聞こえた。 「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」 その声にイヤァな予感がしつつも、ジョセフはそちらを向いた。確かに黒い船が一隻近付いてきていた。 ジョセフ達が乗り込んだ船より一回り大きく、舷側に開いた穴からは立派な大砲が突き出ていた。それが片舷側だけでも二十数門はあった。 「ほー、ありゃ戦う気満々の武装じゃのう」 予感が外れてくれととりあえず願ってみるジョセフと、眉を顰めるルイズ。 「反乱軍の戦艦かしら……」 それからしばし押し殺したような緊張感が船上を包む。近付いてきた船がどうやら海賊ならぬ空賊だと理解すると、船は一目散に逃げようとするが、進路の先に威嚇射撃の大砲の一発が飛んだ。 抵抗しようにもただの帆船でしかない船が戦えるはずもない。船長を助けを求めようと乗り込んでいたメイジ達に目配せしたが、金髪を除いた三名は抵抗する気配も見せなかった。 「僕の魔法はこの船を浮かべるために打ち止めだよ。僕は戦力にならない」 落ち着き払った声で緩く首を振るワルド。 「いくらメイジだからって、あれだけの大砲に狙いをつけられてたらどうすることも出来ないわよ」 肩を竦めてやれやれと呟くキュルケ。 「命が惜しいならあの船に従ったほうが得策」 本を読んだまま淡々と呟くタバサ。船長は船員に力なく命令した。 「裏帆を打て。停船だ」 ルイズは怯えてジョセフに寄り添いつつ、後ろに迫る黒船を見つめていた。 「こちらは空賊だ! 抵抗するな!」 「空賊ですって?」 ルイズが驚いた声で呟いた。 黒船の舷側からは弓やフリントロック銃を持った男達が油断なくこちらに狙いをつけつつ、他の男達が鉤の付いたロープを放ってジョセフ達の乗った船の舷縁に鉤を引っ掛ける。 手に手斧や曲刀を持った男達が船の間に張られたロープを伝ってやってくるのに、ギーシュは薔薇を振ってワルキューレを出そうとしたのを、ジョセフは波紋を流した帽子をフリスビーの要領で投げ付けて動きを留めた。 「きゅう」 「あのなあギーシュ、こういう時に抵抗したらケガが増えるじゃろうよ。下手したらわしらみんなあの大砲で吹き飛ぶかもしれんのじゃぞ。相手の戦力くらい見極めんか、元帥の四男坊よ」 そう言っている間にも、前甲板で騒いでいたグリフォンに青白い雲がかかり、すぐさまゆらりと甲板に倒れこんで寝息を立て始めた。 シルフィードは特に抵抗もせず、最初から甲板に伏せている。主人が(抵抗はしない)と伝えた結果である。 ヴェルダンデは主人が抵抗しろ暴れろと命令したのだが、自主的判断でシルフィードと同じく抵抗せずに伏せている。使い魔の方が戦況を冷静に判断しているようだった。 「眠りの雲だな」 「向こうには確実にメイジがいるわね」 ワルドとキュルケが二人揃って肩を竦めた。 そして空賊達が船に乗り移ってくると、随分と派手な格好をした空賊が前に歩み出る。 汗と油で真っ黒になったシャツと、胸元から覗く赤銅色に焼けた逞しい胸板。ぼさぼさの長い黒髪を赤い巻き布でまとめ、無精ひげを顔中に生やしている。 左目の眼帯にはドクロマークが描かれており、どこからどう見ても立派な海賊……否、空賊スタイルだった。 (どこの世界でも同じよーなカッコするもんなんじゃなあ) ジョセフはそんなところで感心していた。 「船長はどこでえ」 荒っぽい仕草と言葉遣いで辺りを見回す派手な男。間違いなく彼が頭だろう。 「……私だが」 震えながらも、それでも懸命に船長としての威厳を持って船長が手を上げた。頭はずかずかと足音を立てて船長に近付くと、抜いた曲刀で船長の頬を撫でた。 「これはご機嫌麗しゅう船長殿。おめーさんの船の名と積荷を教えてもらおうかい」 慇懃無礼におどけた口調で問う言葉に、船長は苦虫を噛み潰しながら言った。 「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」 その言葉が、空賊の間にどよめきを起こした。彼らは嬉しそうに周囲の仲間達と顔を見合わせた。頭も満足げに笑うと、船長の帽子を取り上げて自ら被った。 「よし、積荷ごと俺達が買おう。料金は大負けに負けててめえらの命だ、全く大損だな」 屈辱に震える船長をほっといて、続いて甲板に居並ぶメイジ達に気が付いた。 「おや、貴族の客まで乗せてるとはな」 ルイズに近付くと、彼女の小さな顎を指先で摘んで上向かせた。 「こいつぁ別嬪だ。お前、俺の船でメイドやらねえか」 男達は頭の冗談にげらげらと笑い声を上げた。ルイズは何の躊躇いもなく、男の手を払いのけ、怒りに燃えた目で頭を見上げる。 「下がりなさい、下郎!」 「おお怖い怖い! 下郎と来たもんだ!」 頭はおどけて肩を竦めたが、続いて足元でただ座っているジョセフに視線をやった。 傍目にはただ座って頭を見上げているだけだが、その目には恐怖など欠片も存在していなかった。静かな瞳だが、頭にだけは判らせる、紛う事の無い怒りをその両眼に湛えていた。 ジョセフは自分が痛い目に遭うことよりも、周囲の人間が侮辱される事に怒るタイプである。それが目に入れても痛くないルイズならばその怒りは数段レベルが違う。 頭は知らずごくりと生唾を飲んで、ルイズから手を離すと、その場を取り繕うように言った。 「てめえら、こいつらも運べ! 身代金がたんまりと貰えるだろうぜ!」 それから空賊達がやってくると、メイジ達の身体検査を始める。とは言え杖を取り上げた後、服の上から手でボディチェックをするだけである。 キュルケは扇情的な格好をしているのでやや念入りにされたが、他の少女二人は必要最低限で終わっていた。 抵抗できそうな手段をおおよそ取り上げられた後、ジョセフ達はマリー・ガラント号と空賊船の舷側に掛けられた木の板の桟橋を渡って、空賊船へと渡る。 だがジョセフ達が持っている金貨の詰まった財布や、ルイズの指に嵌められている水のルビーは取り上げられることなく、そのまま持っていることが許されていた。 To Be Contined →
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トリステイン魔法学院は広大な敷地を誇るため、一言に寮から宝物庫と言っても結構な距離がある。 少女の速度でしか走れないルイズと、老人ながら鍛錬を重ねた肉体を持つジョセフとでは到達する時間も圧倒的な違いがあるのは当然のことだった。 (出来ればああいう危険な場所に連れていきたくはないんじゃがな) 結構な距離がある場所からでも「あれは巨大だ」と判るほどのゴーレムが宝物庫の塔を殴り続けている現場は、子供でも危険だと判る。 だが腕の中のルイズは、「魔法学院に来るだなんて……いい度胸してるじゃない……!」と、背中の毛を逆立てていた。ふぎゃーと鳴き出さない様に気をつけなければなるまい。 この分だと連れて行かなければ気が済まないだろうし、連れて行くなら行くで自分の目と腕の届く場所に置いておく方がよっぽど安全と言うものである。 「それにしても……あんな大騒ぎするとはまたムチャなことをしよる! 宝物庫からモノ盗むにしたって、もうちょっと静かにやったらいいんじゃないのかい!」 「ああいう派手なコトしたがるのは『土くれ』のフーケだわ! 舐めた真似を……っ!」 「なんじゃその『土くれ』のフーケって!」 「貴族ばっかり狙ってる盗賊よ! 見ての通りああいう派手な盗みで貴族を馬鹿にしてるから色んな国から賞金掛けられてるのよ!」 「ってゆーか、ありゃ明らかにメイジじゃろ! ギーシュとか問題にならんぞ!」 「当たり前よ! あれだけ大きなゴーレムを錬金出来るってことは多分最低でもトライアングルクラスなメイジ……ドットなギーシュとは比べ物にならないわ!」 見たら判るわい、という言葉はごくりと飲み込んで。 「とりあえず! あれをブッちめるとかそんなんは幾ら何でもムリじゃ! 学院にはちゃんとしたメイジ達がおるんじゃろ、せめて足止めくらい出来りゃッ……」 背後を振り返ったジョセフだが、空を飛べるはずのメイジ達が寮の窓から飛び出してくる様子は全く無い。 つまり普段馬鹿にされているルイズだけがいち早く宝物庫に駆け付けて、ルイズを馬鹿にしている連中はまだ来てもいないというか……来る気配すら見せていない。 (おっ……お前ら、ちったあ大口に似合った働きくらいせんかい!) 窓から飛んでこないということは、自分の足で走ってくるということだがそれは非常に期待が薄い。つまり、ここから自分達だけでどうにかしなければならないという事である。 退却しようにも主人にその気が全くないという事と、ジョセフ自身にもそんな気は全くないという事である。 「ぶっちゃけるぞルイズ! 正直、わしではあいつに勝てる見込みは全くない! じゃからとにかくフーケとやらの足を止めて、何とかする方向性で行くッ!」 「そんな後ろ向きな!」 「正直足止めだって過ぎた状態じゃわいッ」 悪態を付きながらも、さてどうやって足を止めるかを懸命に考えるジョセフ。 (まァああいうデカブツを相手にするときのセオリーはッ……足を狙ってブッちめる、というのが無難じゃわなァ~~~。それであやつの動きを止められれば、何とかなるかもしらん!) 「ルイズ! お前は遠くから何でもいいからあやつに魔法をブッ放してやれ! わしはあやつに突っ込む!」 「判ったわ!」 やがてゴーレムのフォルムが十分に視認できる距離まで来たところで、まずルイズを降ろし。ジョセフはそのまま右手にハーミットパープルを纏わせた。その瞬間、手袋の中で眩く光った光は、夜の闇の中でほのかに漏れた。 「……なんじゃ、これはッ……」 しかし手袋を脱いで光の正体を把握しようとする前に、ゴーレムをハーミットパープルの射程範囲に捕らえていた。 錬金された土で構成された小さな灯台ほどもある太い足は、如何にも堅固そうでただ殴ったりしていては歯も立つまいとは馬鹿でも判る。だから。 「行くぞッ! ハーミットウェブ!!」 右腕を大きく振りかぶって勢い良く突き出せば、素早いスピードで茨達がゴーレムの足に食い込み、内部へと侵食を始めた。敵の内部にハーミットパープルを沈み込ませてから、そこに波紋を爆発的に流して破壊しようという作戦である。 「食らえぃッ! 波紋のビィィィィィィトッッッ!!!」 たっぷりと波紋を流し込んだ瞬間、ゴーレムの足が凄まじい爆発を起こした! 「よしッ! やったッ!」 グッと拳を握ったガッツポーズは、しかし次の光景を目の当たりにして固まることとなる。 爆破したはずの足は、まるでビデオの巻き戻しのように破片が足のあった場所へと戻り、すぐさま新たな足として復活してしまったのだ。 「大したモンじゃないか! だがね、それじゃあこの『土くれ』のフーケの錬金したゴーレムは壊せないってコトなんだよ!」 柄の悪い喋り方で、女の声が上から降ってくる。 (フーケとやらは女かッ。じゃが今はそんなこたぁ関係ないッ!) 後ろに飛びずさり、距離をとろうとした瞬間、ルイズの呪文が完成した。 「ファイアーボールッ!!」 しかし詠唱が終わった瞬間に杖の先から火の玉が迸る代わりに、前触れもなくゴーレムの腕が大爆発を起こし、しかもその爆風の余波で宝物庫の壁にヒビを入れてしまっていた。 しかも間の悪いことに、胸から飛び散った破片(破片と言っても、ルイズほどもある大きさの土塊である!)がジョセフのいる辺りに降り注いだ! 「うおおッ!?」 飛びのこうとする動きを封じられ、思わず腕で身をかばうジョセフ。 しかしその反射的な動きがジョセフの命取りだった。 再生しようとするゴーレムに引き寄せられる土塊に、ジョセフも巻き込まれたッ! (う……うおおーーーッッッ! し、しまった……フーケのゴーレムの再生方法は、「壊れた箇所を構成していた土が巻き戻しのように壊れた箇所に戻る」ッ! じゃったら、吹き飛ばされた土塊どもの側におるわしもッ……)『引き寄せられる』ッ! 正確には、ゴーレムを構成する土に隙間なく魔力を敷き詰めることにより、「土塊それぞれに自分が構成しているパーツの場所を覚えさせる」というプロセスを経る事で、フーケのゴーレムは強力な再生能力を得ることに成功していた。 そして破壊された破片達の中に取り残されたジョセフも、土塊を引き寄せる魔力の網に引っかかる形となり『引き寄せられた』のだッ! 果たして再生した手の中には、ジョセフが首だけ出した形で握り締められていた! 「ジョっ……ジョセフ! ジョセフを放しなさい!!」 この事態の元凶ともいえるルイズは、自分のしでかした大失態に気付く様子さえなく、次から次へとゴーレムに爆発を起こさせ、土塊を地面とゴーレムの間で往復させ続けていた。 「うっ……うおお! やめっ、やめるんじゃルイズ! わしが死ぬッ!!!」 腕で顔をかばうことも出来ないジョセフが必死に制止するが、頭に血が上りきったルイズに、爆風に紛れたジョセフの必死の悲鳴が届くはずも無かった。 そしてフーケは、ヒビに入った壁にジョセフを握ってない腕で数発のパンチを入れ、人が通り抜けられる隙間を作り出した。 「感謝するよお嬢ちゃん! この忌々しい防御魔法ばっかの壁はゴーレムでも吹き飛ばせなかったんでね!」 嫌味ったらしく言い残したフーケは、悠然と宝物庫への侵入を果たす。 そして数分後、何かを大切そうに脇に抱えたフーケが出て来ると、彼女は再びゴーレムの肩に乗った。 「あはははははっ! 確かに頂いたよ! せっかくだからこのジジイは殺しちまってもいいんだけどねェ……」 見事に目的を果たしたフーケは、高笑いと共に、なおもゴーレムを爆発させ続けるルイズと、なおも腕の中から逃げ出そうともがいているジョセフを見下ろした。 「あたしの仕事を手伝ってくれたお礼にジジイは返してやるよ!」 そう言いつつも、地響きを鳴らしながらゴーレムは塀へ向かって歩いていき。もののついでとばかりに塀を踏み潰したところで、ジョセフを握っている腕を振り上げ―― 「ちゃんと受け取りなッおチビちゃんッッッ!!!」 ジョセフを、魔法学院に建つどの建物よりも高く放り投げたッ! 「うっ、うおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!?」 幾らジョセフと言えども、何十メイルもある高さから落ちれば無事では済まないどころか死んで当たり前! (ハーミットパープルでどっかに引っ掛かるかッ……落下スピードを殺しきれるか!?) 右手にハーミットパープルを蔓延らせながらも、瞬間的に捕まりやすい建物を探すも、御丁寧にどの建物からも遠い広場に落ちていく! (しっ……死んだかァーーーーー) さしものジョセフも何の解決策さえ見つからず、死を覚悟したその瞬間! 一頭の風竜が、落下するジョセフを口で咥えて受け止めた! 「ナイスキャッチ、シルフィード」 「きゅいきゅい!」 淡々とした少女の声に、嬉しそうに答える竜の声。 「たッ……助かったのかッ……?」 下半身を竜の口に咥えられたまま、ジョセフは竜の上に乗っている二人の人影を見た。 「はーいダーリン、危機一髪だったわねえ。ごめんねー、ちょっと用事があってね♪」 「その声は……キュルケか!」 何度もアタックを掛けられた声は十分に記憶に刻まれている。 「そうよダーリン。ああ、なんて運命的なのかしら! 愛するダーリンの危機をこんな形で救えるだなんて!」 勝手に自分の世界に入って身体をクネクネさせているキュルケを、横の少女が杖で小突く。 「シルフィードは私の使い魔」 無表情に抗議した青髪の少女に、ジョセフはにかりと笑った。 「おうそうじゃった! お嬢ちゃんのおかげで助かったわい。ええと、名前は……」 キュルケとよく行動しているのは見かけるが、こうして会話をしたのは初めてだった。放課後の教室での集まりに参加していない少女の名前までは、流石のジョセフも覚えていない。 「タバサ。タバサと呼んでくれて構わない」 「オーケー、助かったわいタバサ。すまんが、ちょっくら下ろしてくれんか。安全じゃろうというのは判っとるんじゃが、ドラゴンの口に半分咥えられとるのは心臓に悪い」 心臓に毛が生えているジョセフでも、肝を冷やす事態がこれほど連発すれば弱気な発言が出るのも致し方ない。 地面に下ろされたジョセフは、ぺたりと地面に腰を下ろした。 そこにルイズが駆け寄ってくる。 「何してんのよジョセフ! 早くフーケを追いかけるのよ!」 今の事態をこれ以上なく悪化させた張本人を見るジョセフの目が恨みがましいのを誰が責められるだろうか。 だがジョセフが投げ捨てられてキャッチされて着地するまでの間に、ゴーレムは既に巨大な土塊の山に戻っており、フーケの姿ももうないようだった。 「こいつぁ参った……早いトコ追いかけんと逃げられちまうぞ!」 フーケが魔力を込めた土塊とこの周辺の地図を媒介にして念写すれば、今からフーケを追いかけることも十分に可能。ここで別の国に高飛びされてしまえばより追跡が困難になる。 だが「念写でフーケの居場所を突き止められます!」と言ったところで、誰が信じてくれるというのか。この世界ではスタンドや念写は四系統魔術以外の能力。 ルイズはこの能力を知っているが、それ以外の相手にそれを教えると様々な不都合が懸念される。ルイズとジョセフだけで追跡したとして、今の繰り返しになることは火を見るよりも明らか。 きちんとした討伐隊を組織して追撃するのが一番確実だろうが、討伐隊を向かわせるまでの時間のロスは痛すぎる。そして居場所を突き止められるかどうかも非常に怪しい。 (さてどうするッ……今夜中に追いかけて、ゴーレムを出させんうちに不意打ちするんが一番確実かッ。じゃが向こうも魔法なり馬なりあるから追いかけるにしても……ッ) 沈思黙考に入ったジョセフ。ああんそうやって考えてるポーズがダンディ、とドサクサ紛れに抱きつくキュルケと、離しなさい人の使い魔に何してんのよとキュルケをひっぺがしにかかろうとするルイズ。 ジョセフはしばらくして意を決すると、ルイズにつかまれたキュルケに抱きつかれたまま立ち上がった。 「ルイズ、図書室でここらの地図を何枚か見繕ってくれぃッ」 ジョセフの中で出た答えは、念写で今夜中にフーケに追いついての強襲策だった。 これだけの敗戦(原因は半分以上ルイズだが)を喫した以上、ルイズが一敗地に塗れているという屈辱を甘受する事はないだろう。 となれば、ルイズを連れていくのが一番無難だ。付いて来るなと言っても付いて来る諦めの悪さと聞き分けの無さは、もはや今夜中に矯正出来る見込みは無いのだから。 タバサはその様子をほんの僅かの間眺めていると、静かに口を開いた。 「キュルケ。貴方はオールド・オスマンを図書室にお呼びして。それとジョセフ、図書室の事ならミス・ヴァリエールよりも私の方が詳しい」 キュルケはその言葉を聞けば、「判ったわ」とジョセフから離れ、すぐさまオスマンを探しにやっとこさ現場に集まってきた教師達と生徒達の野次馬のところへと走っていった。 だがジョセフとルイズは、タバサの申し出に顔を見合わせて困惑の表情を浮かべた。 地図で念写する能力を他人に教えるのはまずい、という認識が二人にある。 確かに図書室の主っぽい風情のタバサの方がルイズよりも早く地図を持ってこれるだろうが、それはそれというものだった。 そうやって顔を見合わせているのを見たタバサは、何故二人が自分の申し出を快諾しないのか、おおよその見当はついた。ハーミットパープルとかいう茨を何らかの形で使おうとしているのだ、ということは彼女には理解できる。 そこでタバサは手持ちのカードを一気に広げて見せることにした。 「ジョセフ。貴方の紫の茨は出来るだけ人に見せたくないというのは理解できる」 その言葉を聞いた二人が、同時に驚きに目を見開く。ジョセフが何かを問おうとするのを、タバサは緩く手をかざして制した。 「ヴェストリの決闘で貴方がワルキューレの中に茨を発生させるのを知覚した。巧妙な隠蔽だから気付いたのはおそらく私一人。私はその能力を誰かに言いふらすつもりも無い」 淡々と言葉を紡ぐタバサ。彼女をじ、と見つめるジョセフ。 彼女を信頼していいものかという疑問と、野次馬達に見えないようにしていた隠者の紫を看破した能力。そして現在の切羽詰った状況。それらを勘案し、ジョセフは頷いた。 「――判った。それではタバサ、地図を見繕って貰えるかの」 「ちょっとジョセフ! ご主人様に相談もしないで勝手に決めてんじゃないわよ!」 横目でタバサを見るルイズの目からは、「この女ニガテ」という意思がありありと感じられる視線が注がれていた。。 ジョセフは知る由も無いが、図書室でルイズを諌めたのは他ならぬ彼女だった。 そのおかげでひとまずルイズとジョセフの間にささやかな信頼関係は出来たものの、それでも何かもを見透かすような底知れない何かと、風竜を使い魔にするメイジとしての実力の高さにおちこぼれメイジがコンプレックスを抱くのを誰が責められるだろうか。 ジョセフは、なおもわいやわいやと騒ぐルイズの頭に手を置くと、わしゃわしゃと頭を撫でる。そして何事か彼女をからかう言葉を聞いたルイズがムカついてジョセフの脇腹にチョップを入れた。 その微笑ましいやり取りに、タバサは僅かに切なげな目をしたが、その微かな変化に気付ける親友はこの場にはいなかった。 「事は急を要するはず。ついてきて」 シンプルに用件だけを告げ、タバサは図書室へと歩いていく。 そしてルイズとジョセフも、タバサの後ろについて図書室へと向かっていった。 To Be Contined →
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戦いの決着が付いてから数秒が経って、やっとメイジ達は正気に戻った。 トリステインの魔法衛士隊の隊長を務めるスクウェアメイジが、四体の遍在を駆使してなお惨敗と言う言葉さえ生ぬるい敗北を喫したのを目撃したばかりでなく、それを成し遂げたのが杖の一つも持たないただの平民の老人であるという事実を受け止めきれない者も少なくない。 しかしそれでも、アルビオン王国有数の精鋭であるメイジ達は、一斉にジョセフへと杖を向けた。 この状況で真実が把握できない以上、騒動の中心にいた者達をまとめて捕縛するのは至極真っ当な思考であるからだ。 ジョセフもまた、それを理解しているからこそ。「うぉーい! 俺の! 俺の見せ場が!」と騒ぎ立てているデルフリンガーを取りにいく素振りすら見せず、悠然と両手を挙げているだけだった。 「夜分お騒がせして申し訳ない、ニューカッスルの皆様方よ! 事情はわしではなく、わしの主人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが説明する! すまんが誰か主人を介抱してくれんか!」 抵抗の意思はないと判断した数人のメイジが、ルイズに駆け寄り応急手当てを開始する。 ウインドブレイクで吹き飛ばされて地面を転がされたルイズだったが、気は失っているが特に重傷を負ったというわけではないようで、メイジ達の様子に切羽詰ったものがないのが見える。 ジョセフは安堵の息をついて、警戒を弱めず自分に近付くメイジ達を眺めていたその時。 「待て! 彼らの身柄は私が預かろう!」 中庭に響く凛とした声に、その場にいた全員の目がそちらに向いた。 そこに現れたのは、ウェールズ皇太子と、キュルケ、タバサ、ギーシュ達だった。 この場で最も地位の高い王子の言葉に、メイジ達にざわめきが広がる。 「お待ち下さいウェールズ様! まだどのような事情があるのか把握できておりませぬ! ここは我々が――!」 一人のメイジの言葉にも、ウェールズは平素の悠然とした笑みを崩さずに言った。 「実は少し前にここに着いていたのでね、ヴァリエール嬢が貴君らの前に立ちはだかった直後から今までを見せてもらった。あの一連の光景を見て事情を察するべきではないかな、高貴なるアルビオン王家に仕える者としては」 にこやかに言うウェールズに、部下達はそれ以上食い下がることは出来なかった。 自分に反論がないのを見届けると、纏っていたマントを翻し、高らかに宣言した。 「彼らの身柄はこのウェールズが預かる! 貴族の風上にも置けぬこの裏切り者を捕縛し、地下牢に放り込んでおけ!」 ワルドを捕らえる様部下に命じてから、ジョセフへと鷹揚に近付いていく。キュルケ達も、メイジ達の視線を受けながら三者三様の様子でウェールズの後ろを付いていく。 「いや、すごい戦いだった。君のような戦士がもう少し早くアルビオンに来てくれれば……というのは、ただの願望だね」 警戒を全く見せず、平素の表情を見せるウェールズに、ジョセフはほんの少しの苦笑を浮かべて言葉を返す。 「宜しいのですかな、殿下。私がもし殿下を狙う暗殺者であったなら、最早この時点で殿下のお命は……」 「本当に私を殺す気がある者は、私にその様な忠告などしてくれないものだ。それに御老人にはいい主人といい友人がおられる。あの爆発音が聞こえて泡を食ってここに駆けつける最中、君の三人の友人達が懸命に事情を説明してくれた。 それを信じられぬほど、私の心は曇っていないつもりだが。それにあの貴族の鑑たるヴァリエール嬢を片や傷付け、片や傷付けられ憤る。どちらに義があるか、という話だ」 「聡明な判断に舌を巻くばかりですな。多少無警戒かと思いますが、こちらとしては都合がよいことでして」 それからジョセフは、ウェールズの後ろにいる三人の友人達に、普段と変わらない笑みを見せた。 「すまんな三人とも。王子様にあの部屋にいてもらうワケにゃーいかんかったので、ちょいとウソをついちまった」 その言葉に、不服そうな顔をしたのはギーシュだけだった。キュルケはいつも通りにあっけらかんと笑ってジョセフに答える。 「いいのよ、ダーリンが何かやろうと仕組んでる時の顔くらいもう判るわ。とりあえずルイズを起こしてあげなくちゃならないんじゃない?」 ジョセフ的にはチラ見程度のつもりだったが、周囲には気になって気になって仕方ありません以外の何物でもない視線の向け様で気絶したままのルイズを見ていた。 「おう、んじゃ行って来る」 さっとルイズへ小走りに向かうとメイジ達からルイズを受け取り、緩やかに波紋を流す。 僅かな間を置いて、小さな寝息のような声を立ててルイズの目が開いた。 まだ夢に片足入れているような表情で、自分を抱いているジョセフを見上げ。何かを言おうと口を動かそうとするが、何を言っていいのか判らず、困ったような悲しい顔で、それでも何かを言おうとするルイズの頭をそっと胸に抱いた。 「いいんじゃ、いいんじゃよ。今は何も言わんでいい。わしが守ってやるからな……」 「…………!」 平素の彼女なら、貴族の誇りや意地っ張りが邪魔してジョセフの脇腹にチョップを入れて適当に悪態を付いてジョセフの腕から離れていただろう。 だが、幼い時からの憧れであり婚約者であったワルドが醜い裏切り者で、何の躊躇もなく自分を殺そうとした殺人者で。 ルイズを守護し庇護するジョセフに縋り付いて、沸き上がる感情のままに泣き出さなかったのは、せめてもの彼女のプライドだった。 しかし、使い魔のシャツがたわむくらい強くつかんで、頭を強く胸に擦り付けることで、泣き出しそうになるのを懸命に食い止めていた。 その姿を見下ろすジョセフが何の思いも抱かない訳がない。 高慢でプライドばっかり高くて小生意気な主人が、人目があるこの状況で自分に縋り付いて感情を爆発させるのを堪えている。 この引き金を引いたのはワルドだ。だがそのワルドに引き金を引かせるべく銃を渡した張本人……レコン・キスタに、ジョセフの怒りが向けられないはずはない。 ピンクのブロンドの上から子供をあやすように背中を軽く叩いてやりながら、地面に落ちたデルフリンガーに歩いていって鞘に収めると、律儀に自分達を待っていたウェールズ達の元へと歩いていく。 その僅かな歩みのうちで、ジョセフはこれからの計画を全て築き上げていた。 「それにしても」 ウェールズは普段の朗らかな笑みの中に、少なからぬ自嘲の色を滲ませて呟く。 「それにしても、レコン・キスタは……よもや誉れ高きトリステイン王国のグリフォン隊隊長まで手中に収めるとは。なるほど、これでは我がアルビオン王国もあれほどまで容易く滅びに進まされた訳だ」 重いため息をついて双月を見上げるウェールズに、ジョセフは緩く首を振った。 「向こうの手練手管に絡め取られたのは事実、じゃがこのまま手をこまねいとれば、トリステインも二の舞を踏むことは判り切っておる。幸い、まだアルビオン王国に時間は残されておる。 アルビオン王家の滅亡を止める事は最早出来んじゃろーがッ。一つ、この老いぼれの戯言を聞いてみる気はありませんかな、殿下?」 ルイズを腕に抱いたまま、帽子の下からニヤリと笑った顔をウェールズに向けた。 明日には亡くなる国とは言え、ウェールズはれっきとした王家の皇太子である。ここで平民の老人の戯言など聞く道理などない。が、アンリエッタのいるトリステインの話を持ち出されれば話は違う。 「いいだろう、スヴェルの月夜だと言うのに随分と騒がしく眠気も覚めてしまった。一つ、夜話ついでに聞かせてもらえないだろうか」 ウェールズの興味を引いた時点で、ジョセフの計画は成ったも当然だった。 口の端を不敵に吊り上げたまま、ジョセフは友人達へ視線をやった。 「それでは、わしの主人と友人達にも同席をお許し頂きたいんですが構いませんかな?」 「ああ、大歓迎だ。それでは……ホールに行くとしよう。私の部屋は客人をもてなせる部屋ではなくなったようだからね」 苦笑を浮かべるウェールズに、ジョセフはいつも通りの悪戯めいた笑みを見せる。 「宝石箱だけはわしの部屋に何故か避難しておりました。何とも不思議なことですな」 その言葉に、一瞬ウェールズのみならずルイズ達も動きを止めた。 「アっ……アンタ何してくれてるのよぉーっ!!」 腕の中から上がったキンキン声に、ジョセフも思わずのけぞった。 王子の部屋に忍び込んで殺傷能力の高い爆弾を仕掛け、ついでに宝物を拝借する平民。何の情状酌量もなく即刻手打ちになって然るべき大罪である。 しかしウェールズはたまらず笑みを零し、それから弾ける様な大きな笑い声を上げた。 「全く! 出会ってからこの方一本取られてばかりだ! しかも私の命を救い裏切り者を誅しただけでなく、私の大切なものまで守ってくれるとは!」 こみ上げる笑いを堪え切れないまま、ウェールズはルイズに向き直った。 「ミス・ヴァリエール」 「は、はい!!?」 思わず声を裏返らせてジョセフの腕の中で固まるルイズに、皇太子は愉快さを隠しもせずに言った。 「君の使い魔殿は全く以って痛快だな! 羨ましさばかりが先に立つ、大切にすべきだ!」 「言われなくてもご覧の通り、とっくにダーリンにメロメロですわよ殿下」 その様子をチェシャ猫の様な楽しがるだけの笑みで口元に手を当てるキュルケの言葉に、ルイズが毅然と反論を試みた。 「ななななな何をねねねねねね捏造ししししししてくれてるのかしら!」 「君はとりあえず落ち着くべきだ」 この騒ぎも何処吹く風で読書を続けるタバサの横で、見かねたギーシュが呆れ顔でツッコミを入れた。 そのままの賑やかさを維持したまま、つい数時間前まで華やかなパーティが行われていた大広間に到着する。パーティの片鱗すら感じさせぬほど整然と片付けられたホールは、最後の務めとなる明朝の食事を待つだけだった。 全員が一卓のロングテーブルを囲んで座ると、ジョセフは企みを含んだ楽しげな笑みを自重しようともせず、広いホールに集まったたった五人の観客をぐるりと見やった。 「さてお集まりいただいた善男善女の皆々様、少しの間老いぼれの戯言に付き合ってもらうとしますかなッ」 それからジョセフのプレゼンテーションが開始された。 最初のうちこそ、メイジ達は「愉快な使い魔の一芸」を観覧するかのような気楽さで聞いていた。 しかしジョセフの説明が進んでいくに連れ、メイジ達の両眼には誰の例外も無く驚きの色が色濃く積もっていく。 タバサでさえ本から目を離し、驚きを隠さない目でジョセフを見つめるほどだった。他の面々は、言うまでもない。 さしたる時間も経たないうちに、ジョセフは五人のメイジ達の顔にただならぬ真剣さを帯びさせる事に成功していた。 「――とまァ、大体こんな感じかの。わしの見立てではこれで明日、レコン・キスタの連中に目に物見せてやれる。ただ手は幾らあってもいいんでな、わしの敬愛する主人と友人達にも助力を願うことになるんじゃが」 そのへんどうよ、とジョセフがルイズを見れば、信じられないと雄弁に語る瞳孔の開いた両眼でジョセフを見返していた。 「……それが本当なら、私達に断る理由なんてないわ。でも信じられないわ、そんな事が本当に出来るの!?」 大きく頭を振り、ジョセフが語った言葉をもう一度頭の中で繰り返すルイズ。 「わしの住んでた国ではけっこーオーソドックスな手段でな。非常に手軽で安価で便利じゃ。効果の程はわしが保証する」 「ジョジョ! 理屈は判った、でも問題は多い! 明日の決戦……確か正午だったか、それまでに本当に準備できるというのか!?」 ギーシュもまた、荒唐無稽としか思えないジョセフの言葉を信じ切れずにいた。 「なーに、このニューカッスルには三百のメイジと三百の使い魔がおる。まー多少時間は厳しいかもしれんが、問題ない」 「……でももっと大きな問題があるわ、ダーリン」 そっと手を上げたキュルケが言葉を繋げる。 「ダーリンをよく知ってる私達でさえ、今の話を信じ切れてないわ。そんな話を、どうやって他の貴族達に信じさせるというの?」 至極尤もな言葉にも、ジョセフは想定内の質問とばかりにニヤリと笑った。 「なァ~~~~~に、そんな初歩的なコトをこのジョセフ・ジョースターが考えてないワケがないじゃろ。まーァ見ておれ、ここで一つわしがいいモンを見せてやろう。 ただそれにはちょいと杖を貸してもらわなくちゃならんのと、今すぐに国王陛下にお目通り願わなくちゃーならんがなッ。このジョセフ・ジョースターの真骨頂を是非披露したくはあるんじゃが~~~~~」 そこで一旦言葉を切り、チラ、とウェールズ達を見る。 全員今にもエサに食いつきたくて仕方がないが、果たして本当に食いつくべき代物なのか悩みに悩んでいるのが手に取るように判る。ジョセフはそこで満を持してとどめの一言を放った。 「ま、どーせ信じろって言われてもムリな話じゃし。大人しくわしらはシルフィードに乗って帰るほうが無難じゃわなー」 こくり、と唾を飲んだ音が聞こえ。次の瞬間、バネでも仕掛けられたように勢いよく立ち上がった人物に、全員の視線が集まった。 「どうせ明日までの命だ、今夜以上に痛快な光景が見られるというのなら……!」 全員……いや、ジョセフ以外の視線は、驚愕。 してやったり、と笑うジョセフに、ウェールズは意を決して笑い返した。 「アルビオン王家の王子として約束しよう、今すぐにでもアルビオン王への謁見を許すと!」 六人で使うには余りに広すぎるホールに響く、皇太子の言葉。 「グッドッ!!」 68歳とは到底思えない満面の笑みにウィンクまでつけてサムズアップし、それからルイズ達に向き直る。 「さぁ、後は杖だけじゃな! さぁさぁ、このジョセフの口車に乗ってみせる向こう見ずはどこにおるッ!」 「いいわッ! 本当なら絶対、ぜぇぇぇぇぇぇったい触っちゃいけないモノだけど! 私は、私は!」 突き出された杖は、ルイズのそれだった。 「ジョセフ……自分の使い魔の本領とやら、主人として確認しなくちゃならない義務があるわッ!!」 ジョセフに向けて揺ぎ無く杖を突き出すルイズ。 その光景に、ルイズの同級生である三人は一様に驚きに捕われた。 メイジにとって杖とは、自分の誇りを示す証と言っても過言ではない。 そんな貴族の中でもプライドが恐ろしく高いルイズが、例え自分の使い魔と言えども平民に自分の杖を渡すなどとは想像だにし得なかった。 ジョセフの手が、まるで女王から授与される勲章を受け取るかのような恭しさで杖を受け取ったのを見届けると、自分の杖に掛かっていた手を離し、キュルケは愉悦を隠さずに言い切った。 「どうやら、このスヴェルの月夜は有り得ない事ばかり起こるらしいわねっ! ここを見逃したら一生悔やんでも悔やみ切れないことだけは判ったわ!」 断言したキュルケは、有無を言わさずタバサの手を取った手を上げた。 タバサも手を上げられたまま、小さくこくりと頷く。 自分以外が異様なテンションになっているのを見たギーシュは、おろおろと全員を見渡すが、最後には迷いや恐れを振り切り、叫んだ。 「ええい、こうなったらヤケだ! 僕も乗ればいいんだろう、ジョジョ!」 「そうじゃな、そうじゃなくっちゃなァ!!」 楽しくて仕方がない、と力一杯主張する笑みのまま、椅子から立ち上がった。 「さーあ、ここからわしのオンステージになっちまうワケじゃがッ。今から起こる事ははわしの友人達だからこそ見せておきたいモンじゃからなッ。しーっかり見といてもらわなくちゃ困っちまうぞ!」 自信満々に言ってのけるジョセフは、何が起こるかは言うつもりがないらしい。蓋を開けてのお楽しみ、と言う事を察したメイジ達は、一体これから何が起こるのか、大きな期待と多少の不安を胸に抱いたまま、ジェームズ一世の寝室へと向かうことになった。 ジェームズ一世には深夜の突然の訪問は堪えるようであった。 訪問してきたのが息子でなければ断っていただろう。 魔法のランプでほのかに灯された寝室の中、やっとの思いで半身を起こしたジェームス一世のベッドの傍らに、メイジに混じってとは言え平民の老人が跪いているのは、ある意味奇跡と称して良い光景である。 「何の用じゃ、トリステインからの客人達よ」 立ち上がるだけでさえよろめくような老いた王の声は、決して雄雄しいものではない。 「用の前に一つ。面白いものをご覧に入れましょう」 す、とジョセフが立ち上がり、杖を持ったまま寝台に近付く。 微かに聞こえる奇妙な呼吸音が波紋呼吸だと理解できたのは、ルイズ達魔法学院の生徒だけであり、王と王子にはそれが呼吸の音だとはすぐに理解は出来ない。 それからジョセフの口から呪文めいた言葉が流れるが、誰もその呪文が何なのか理解できない。それもそのはず、ビートルズの「GetBack」の歌詞を口ずさんでいるだけである。 それと同時に呼吸で練り上げられた波紋はジョセフの体内を駆け巡り、薄暗い寝室に太陽を思わせる光が灯っていく。 体内に巡る波紋を少しずつ右腕に集約させ、右手に凝縮し、杖に乗せ―― 「ちょっとだけ! 深仙脈疾走!!」 ボゴァ! と迸る音と共にジェームス一世の腕に当てられた杖から凄まじい勢いで流れ込む生命エネルギー! 「お、おおおおおおおお!!?」 ジェームス一世の全身から噴き出た波紋の残滓が、寝巻きを容易く引き裂く! 「な、何を!?」 何が起こるかを説明されていない一行は、王に起こった異変に息を呑む。 しかしそれもほんの瞬間の事。波紋の光が消えた部屋の中、ジェームス一世はくたりと首を俯かせて深く息を吐いた。 「さあ陛下、お手を」 ジョセフが差し出した手に伸ばされた手は、年老いた枯れ木のような手ではなく。若々しい生気に満ちた力強い手だった。 それだけではない。破れた寝巻きの狭間から見える肉体も往年の若さを取り戻していた。 「お、おおおおお……」 王の口から漏れる声すら、パーティで見せたような老いを微塵たりとも感じさせない。 自らの身体に起こった変化が信じられないながらも、ジェームス一世はあれほど難儀していたベッドから降りるという作業を、何の苦も無く行えた。その事実に、目を見開いた。 「こ、これは如何なることだ!? 一体、何が朕に起こったというのだ!?」 誰の助けを必要ともせず、両の足だけで支えられた身体を夢幻ではないかとひっきりなしに視線を走らせる王に、ジョセフは恭しく跪いた。 「失礼ながら、王にこのジョセフ・ジョースターの操る系統の片鱗をお見せしただけに過ぎませぬ」 「系統? 朕が知る四大系統の魔法に、この様な奇跡を起こす魔法などついぞ知らぬ!」 若さと生気を取り戻した驚きと、ふつふつと滲み出す歓喜に声を知らず張り上げても咳の一つすらする事はない。 ジョセフは不敵に笑って、王を見上げる。 「魔法の四大系統は御存知の通り、火、風、水、土。しかしながら魔法にはもう一つの系統が存在します。始祖ブリミルが用いし、零番目の系統。真実、根源、万物の祖となる系統」 魔法の授業で聞きかじった単語を繋げていかにもそれらしい説明を立て板に水の例えの如く並べ立てるジョセフ。 波紋の力を理解していなければ、ジョセフの口から流れてくる言葉がまるっきりの大嘘だとは誰も理解できないだろう。彼を良く知るギーシュでさえ(ジョジョはまさか本当に虚無の使い手だったのか!?)と考えるに至っていた。 まして波紋を知らないアルビオン王家の親子にとって、それを信じない訳には行かなかった。 「まさか……まさか! 零番目の系統、虚無だと言うのか!」 ジェームス一世は自らの身体に走った波紋の流れを、虚無の力だと誤解してしまった。 ジョセフは跪いたまま、ニヤリと笑って頷いてみせる。 「私はその力を、始祖ブリミルより授かりました。しかしながらこの力は軽々には見せられぬもの。ですがアルビオン王国のみならず他の王家に仇為す反逆者どもの蛮行をこれ以上見過ごす訳には行きませぬ」 いくらジョセフが奇妙な能力に事欠かないとは言えども、ジョセフの親友達は彼の真の能力をまだ見ていなかったことにやっと気がついた。 ジョセフの本領とはガンダールヴの能力でも波紋でもハーミットパープルでもない。 ジョセフの真の能力は、嘘を真実に変貌させるその頭脳と口先! 奇跡を見せ付けられた人間が、奇跡を見せつけた人間の言葉を疑うのは非常に難しい。ただでさえ甘い言葉が、乾いた砂に水を注ぐように王の心を支配していく。 老いたりとは言え一国の王が、平民の言葉を信用し、受け入れ、最後には始祖ブリミルが遣わした使徒であると完全に信用してしまう光景を、若者達は目撃した。 部屋の隅に置かれた水時計は、ジョセフ達が寝室に入ってから出るまでの時間を「23分」と刻んでいた。 後に、数人のメイジの共著により記された本は「23分間の奇跡」と題され、交渉術の秘伝の書として密かに受け継がれていくことになるのだが。 それはまた、別の、話。 To Be Contined →
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ジョセフの放った砲丸の射撃は、これまでのパワーバランスを一変させるに相応しい威力を持っていた。 突然現れたボウガン持ちのゴーレムに警戒した傭兵達は、少々距離を取ったり、壁の後ろに身を隠していたりしていたが、それは無駄な努力であることをむざむざと思い知らされることとなったのだ。 入り口付近の壁を易々と破壊し、壁の後ろに陣取っていた不幸な傭兵を吹き飛ばした挙句、それでも威力が死ななかった弾丸は射線上に立っていた他の傭兵達をも薙ぎ倒した。 発射の反動に振動する弦を構わず掴み、胴体から次の弾丸を装填するワルキューレに矢が殺到するが、それもまた無駄な努力でしかなかった。鋼鉄の鏃が頭に当たろうが胸に当たろうが、ワルキューレの稼動になんら影響を及ぼすことはない。 二発目の弾丸が飛んだ直後、もう一体同じゴーレムが現れるに至り、傭兵達はこれまでの攻撃一辺倒の姿勢を止め、次に砲丸を食らう不幸に選ばれない様にと逃げ腰になって入り口付近からの撤退を始めた。 「うふふっ、流石はダーリンだわ! と言うかギーシュ、こんな便利なゴーレムがあるなら早く出しなさいよ!」 泡を食う傭兵達の様子を手鏡で見物していたキュルケが、ギーシュにジト目を向けた。 「さっきまでは出せる状況じゃなかったんだよ!」 頭を出せば矢が飛んでくる状況で、手鏡で遮蔽の向こうの様子を見るという手段が思いつかなかったのは仕方ないことではあった。 「まあいいわ、ここから私達の反撃の時間だわ。ねえギーシュ、厨房に油の入った鍋があるでしょ」 「揚げ物の鍋でいいのかい」 「そうそう。それを貴方のゴーレムで取ってきて」 「よし、了解だ」 ギーシュは再び薔薇の造花を振って花びらを舞わせると、今度はオーソドックスな造詣のワルキューレが錬金される。ゴーレムはテーブルの陰から厨房へと駆けて行くが、ワルキューレを狙う矢はそれほど多くは無かった。 数本の矢がワルキューレに刺さりはしたが、ゴーレムはめでたくカウンター裏の厨房に辿り着き、熱く煮えたぎる油の鍋をつかんだ。 「オーケー、それを入り口に向かって投げて」 キュルケは手鏡を自分の顔の前に持ってきて、化粧を直していた。ジョセフは既に照準を頭の中で把握していたので、盲撃ちでも傭兵達に恐れを為させる射撃をすることは容易だった。 「こんな時にまで化粧しなくてもいいじゃない、ツェルプストー」 ルイズが呆れた様に言うが、キュルケは頓着せずに言い返した。 「だって歌劇の始まりよ? 主演女優がすっぴんじゃ締まらないでしょ」 「誰が主演よ、誰が」 ギーシュは、こんな時でも相変わらず始まる二人の口喧嘩に言葉を差し挟むのは無駄だと理解して、「じゃあ投げるよ」とだけ言ってゴーレムにフリスビーの様に鍋を投げさせる。 油を撒き散らしながら空中を飛んでいく鍋に向かってキュルケが杖を振ると、中の油が引火した鍋が落ちた入り口は、人の背丈ほどもあるほど勢い良く燃える炎で閉ざされた。 ジョセフの射撃で動揺していた傭兵達は、それでも雇い主から命じられた突撃命令を実行しようとしたのが運の尽きだった。 数人の被害を構わず一気に距離を詰めようとした傭兵達も、自分達の背丈ほどもある炎を前にしてはたじろがざるを得ない。半ば特攻気味に駆け込もうとしていた一隊は、辛うじて足を止めて炎に突っ込む事態は避けられたのだが、メイジの追撃はそれだけではなかった。 キュルケはテーブルの陰からおもむろに立ち上がり、まるで誘惑のダンスを踊るかのような艶かしい身振りで呪文を詠唱して再び杖を振った。 すると炎は更に火勢を増し、入り口でたたらを踏んだ傭兵達に襲い掛かり、燃え移る。 炎に巻かれた傭兵達の獣のような悲鳴が巻き起こり、地面を転げ回って必死に火を消さねばならない事態へと陥らされた。 タバサの展開する風のバリアで守られたキュルケは、飛び来る矢を物ともせずに優雅に赤毛をかき上げ、杖を掲げた。 「名も無き傭兵の皆様方。はした金で私達の襲撃に参加されて非常にご苦労様です。けれど金に目が眩んで自分の力量も弁えられないその愚かさ、死ぬまでたっぷり後悔させて差し上げましょう」 雨霰と降りしきる矢嵐の中、キュルケは微笑を浮かべて一礼した。 「この『微熱』のキュルケ、謹んでお相手仕りますわ」 「な、ちょ! 何一人だけ目立ってんのよ!」 * 巨大ゴーレムの肩の上で、フーケは舌打ちをした。今しがた突撃を命じた一隊は炎に巻かれて大騒ぎをしていたところに謎の大爆発までお見舞いされ、完全に闘争心をへし折られていた。隣に立った白仮面に黒マントの貴族に、フーケは呟く。 「もう少しまともな働きをしてくれるかと思ったけど。結局無駄足だったようね」 マントの男を横目で見る。無言ではあるが、震えるほど握り締めた拳が彼の心中を物語っている。 (自分の取った手が相手に全部読まれてるような感じがするんだろうね) フーケは、かつて戦ったあの老人の顔を忘れもしない。手玉に取られる、という言葉を自分の身で体得させられたあの夜明けの事を思えば、このプライドばかり高そうな男がどれだけ腸を煮えくり返らせているかは想像しやすい。 先程まで勝利を確信していた傭兵達は浮き足立ち、更に宿の中から吹き荒れる風が炎を撒き散らし、傭兵達の中に僅かに残った戦意を根こそぎ奪っていく。 既に逃げ出し始めた傭兵も少なからずいるし、なおも砲丸の直撃を受けた金属と肉のへしゃげる音と、人間の上げるものとは思えないくぐもった断末魔が聞こえ続けている。 悔しいがあのじじい……ジョセフの戦闘の才は認めざるを得ない。 ジョセフが下の連中と合流するまでは酒場のメイジ達は烏合の衆そのものでしかなかったのに、合流してそれほど時間も経たないうちにあの有様である。岩のゴーレムがあるにせよ、果たしてジョセフに勝てるかどうか。 (……参ったわ。勝つ場面がどうにも思い浮かばない) フーケの中で出された答えが弱音ではなく、正確な戦況判断であることに再び舌打ちが漏れる。 既に戦況は向こう側の圧倒的優位が確立されているし、ここで撤退するのは傷口を広げない為の勇気ある戦術である。 だが、横の貴族は。 「――やはり平民は役に立たん。ここは引く。フーケ、殿を務めろ」 ふざけんな三下貴族が、と心の中で悪態を吐いた。 つまり自分は逃げるから注意を引き付けておけ、と来た。何やら大層なお題目を唱えたレコン・キスタとやらもそう長くはないな、とフーケは直感した。 適当にやった後、逃げの一手を打つことに決めた。屈辱の返礼は当然したいに決まっているが、今度捕らえられたらレコン・キスタの助けの手は二度と差し伸べられないだろう。そんな内心を億尾にも出さず、フーケは答えた。 「いいわ。じゃあとっとと退却してくださるかしら。ここは私が足止めするわ、合流は例の酒場でいいわよね」 「ああ」 短く答えた貴族はゴーレムの肩から飛び降りると、夜の闇へと消えた。 「……ああ面倒くさい。他人の思惑で生かされるのは何とも窮屈だわ」 傭兵達は既に駆逐されている。飛び来る砲丸に荒れ狂う炎に炸裂する爆発に暴れ回る青銅のゴーレムと、メイジ達の領域に投げ込まれた傭兵達は少年少女達の容赦ない洗礼の前に完全敗北を喫していた。ラ・ロシェールの傭兵の評判が地に落ちた夜であった。 フーケは気が進まないながらも、ゴーレムを前に歩ませながら拳を振り上げると、それを入り口に叩きつける。それと同時にゴーレムのコントロールを自律動作型に変更すると、肩から降りて屋根沿いに逃げ出して少し離れた場所から見物する。 宿屋でめくら滅法に暴れているゴーレムに、程無くして花びららしきものが舞い散ってくっついたかと思うと、その花びら達が何かになってゴーレムに纏わり付いた。 そして岩のゴーレムにファイアーボールが飛んだ次の瞬間、ゴーレムは一気に炎に包まれた。 (――なるほど、花びらを油か何かに錬金したんだね。もうあいつらに30メイルゴーレムは通用しないってコトだわね。けっこう自慢だったんだけどしょうがないか) 敗北を喫するのは二度目だが、完膚なきまでに喫した敗北は逆に心に傷を残さない。ここで無駄足を踏んで捕まる義理は自分には無い。 首輪と鎖付きでも自由は自由である。フーケはひらりひらりと屋根を飛び、その場からの遁走に成功した。 * 今夜の宿をなくした一行は、矢を受けて呻いている主人にせめてもの気持ちとして皮袋に金貨を入れて渡してから、逃げ出すように宿を後にした。 一行を背に乗せたシルフィードが空に飛び立つと、激しい戦闘を潜り抜けた一行は大きく息を吐いた。 「はぁ……それにしてもなんて礼儀知らずなのかしら傭兵って。せっかくの宴会が台無しになったじゃない」 キュルケが肩を竦めれば、ジョセフはがっくりと肩を落とした。 「わし結局メシもワインもお預けじゃよ……」 「実は一本いいのを失敬してきた」 「ああタバサ! 今のお前の頼みならわしはどんな頼みでも聞いちゃうぞ!」 タバサから受け取ったワインボトルに頬ずりするジョセフの耳をルイズが捻る。 「ちょっとジョセフ! ご主人様ほっといて何を他の女に尻尾振ってるのよ!」 明るい月明かりの下、相も変わらず賑やかに騒ぐ一行。 そうやってシルフィードが飛んでいく先、小高い丘を越えた先に見えた巨大な樹に、さしものジョセフも「おお」と感嘆の声を上げた。 四方八方に枝を伸ばしている樹は、山ほどもある巨大なものだった。夜空に隠れて頂点は見えないが、高さは一体どれほどあるのだろう、ワールドトレードセンターとどちらが高いだろうか、と考えてしまうほどだった。 目を凝らせば枝には大きな何かがぶら下がっている。まるで巨大な枝に実る巨大な果実のように見えたそれが飛行船のような形状をしているのを見止めると、ジョセフは自分の中で合点が行った。 「なるほどなあ、確かにありゃフネじゃわい。空に飛ぶならここは確かに港町じゃよ」 ジョセフは一人でうむうむと頷いていた。 シルフィードが樹の根元へ降り立つと、根元はまるで巨大なビルの吹き抜けのホールを思わせる、巨大な空洞になっていた。 (枯れた樹の幹を利用しとるんじゃな。それにしてもこっちじゃこんなデッカイ樹が生えるんじゃなあ……すげえなあ異世界) と、興味深くホールを見物するじじい一人。 夜なので人影も無い広大な空間に心を踊らせたりもする。 やがてワルドが「諸君、こっちだ」と声を掛けたのが聞こえる。それぞれの枝に通じる階段には鉄で出来たプレートが貼ってあり、辛うじて「アルビオン行き」と書いてあるのが読めた。 「字が読めるのはええことじゃなー」 ニヒヒ、と笑いながらジョセフは一行の一番後ろで階段を駆け上がっていく。全員女神の杵亭での交戦でかなりの精神力を消費しているのは明白である。となれば、追っ手を防ぐ為にも魔法に頼らず戦えるジョセフが殿を務めるのは至極当然な話である。 木でできた階段は一段昇るたびにぎしぎしと心臓に悪い音を立てて軋む。手すりが付いているものの、これに体重をかけるのはやめておこうと思わせる代物だった。 しばらく走っていると、後ろから何者かが駆け上がってくる足音が聞こえた。 ジョセフは反射的に剣を引き抜き、背後から駆けて来る黒い影に怒鳴りつけた。 「何者じゃッ!」 だが黒い影は誰何の声に答えることなく、駆けて来る勢いそのままに跳躍すると、ジョセフだけでなくキュルケ達の頭上さえ跳び越してルイズの背後に着地した。 ジョセフの声に振り向いたルイズの眼前に着地した男は、悲鳴を上げさせるよりも早く彼女を肩に抱え上げた。 「きゃ、きゃあ!?」 悲鳴を上げたルイズを抱えたまま、男は躊躇わず手すりを乗り越えて地面へ跳んだ。 ジョセフも一切の躊躇を見せず、男の後を追って宙へ身体を舞わせた。 「ダーリン!?」「ジョジョ!?」 キュルケとギーシュにとっては、突然ジョセフが怒鳴ったかと思うと黒い影がルイズを浚って飛び降りてジョセフが後を追って空を飛んだ、という急転直下の状況。 精神力を使い果たしたメイジはただの人と同じ。飛び降りていくジョセフに後を託すしかないのだ。 ワルドが杖を振って生み出した風の槌が男を直撃し、ルイズから手が離れた。 その隙を見逃さずジョセフが突き出した左腕からハーミットパープルを発生させ、落下したままのルイズを確保する。他の茨が大樹に伸び、波紋でくっつくことで落下速度を殺しながら左腕にルイズを抱き抱え、そのまま大樹を伝って踊り場に着地する。 「ここで仕掛けてきたか!」 険しい横顔に、ルイズはジョセフにしがみ付いたまま「何! 何なの!?」と聞くしか出来なかった。 「刺客じゃよ、今度はちっとハードじゃぞ!」 厳しい視線の先には、魔法の風に包まれたままふわりと踊り場に降り立つ黒い影……白仮面の黒マントがいた。背格好はおよそワルドと同じ程度。 剣を振り回すには問題のない広さだが、ここにルイズがいるのが問題だ。 ルイズを守らなければならない、敵も排除しなければならない。 (両方ともやらなくちゃいかんのが使い魔の辛いところじゃよなッ) 「後で叱ってくれッ!」 突然の事態に思わずジョセフにすがりついたままのルイズに、波紋を流し込むッ! 「きゃうッ!?」 反発する波紋を流すことで、痺れたルイズの手がジョセフから離れるのと同時に、多少の攻撃ならダメージを軽減できる程度の防御力も付加する。 これまでのメイジとの戦いで、魔法を使わせないことが肝要と理解しているジョセフはすぐさま剣を正眼に構え、男に斬り掛かる。 男は構えた杖を振り、ジョセフの斬撃をかわし続けながらも呪文の詠唱を続ける。 ジョセフは両手で掴んだ剣を左腰に構えると、今度は右手に波紋を集中させる。 「食らえいッ! 流星の波紋疾走(シューティングスター・オーバードライブ)ッッ!」 横薙ぎに振るう剣の柄を握る手を鍔際から柄頭まで滑らせることにより、間合い、威力、速度の全てを高めた剣客コミック受け売りの必殺剣が夜闇を切り裂いて男に放たれるッ! だが男は必殺剣の間合いを見切り、背後への強い飛び退きで切っ先を回避してみせた! 男は剣で切り裂かれた空気の流れに唇の端を歪ませながら、なおも呪文を唱え続け…… 「隙を生じぬ二段構えッ! 双龍波紋疾走(ダブルドラゴン・オーバードライブ)ッッッ!!」 意外ッ! 男の胴体を殴り飛ばしたのはなんと鞘ッ!! 最初の斬撃を回避されたと悟ったジョセフはすぐさま、自由になっていた左手の指を鞘の縁に掛けると、剣を振り抜いた勢いになおも更なる一歩の踏み込みを加えた鞘での殴打を加えたのだ。 当然コレもジョセフ愛読のサムライコミックからの引用である。 しかし波紋をたっぷりと流された鞘に吹き飛ばされ手すりを飛び越えさせられながらも、男はなおも呪文を唱え続けていたッ! 「相棒! 構えろッ!」 流石に二撃目の斬撃で体勢を崩したジョセフに三撃目を放つ余裕も無く、辛うじてデルフリンガーの叫んだように構えた瞬間、男の周辺から発生した稲妻が狙い違わずジョセフを襲う! 「『ライトニング・クラウド』ッ!」 呪文の正体を悟ったデルフリンガーが叫ぶが、幾らジョセフだろうと電撃を回避する術も無く、全身に雷を走らせる結果となる。 「うおおおおおおおッッッ!!?」 余りの激痛に意識が白に染められたジョセフは、気付いた時には踊り場に身を投げ打ってのた打ち回っていた。 (か……カミナリかッ! ダメージはッ! 右腕かッ!) 見れば右腕の袖が電撃で焦げ付いている。中身は見るまでもない、相当な大火傷を負っているだろう。だが男は魔法を完成させたのが精一杯だったらしく、今度こそ男は地面へ向かって落下していった。 (波紋ッ……波紋で、痛みを和らげッ……!) 激痛に荒れる呼吸を無理矢理整えようとしたジョセフに、小さな足音が駆け寄ってきた。 「ジョセフ!」 蹲ったジョセフに、波紋のショックから回復したルイズが走ってきた。 いきなりご主人様になんてことをしてくれたんだ、という怒りもジョセフの右腕を焦がす電撃の傷跡がすぐさま消し飛ばしていた。それほどに酷い傷を受けているジョセフの背に両手を置いて、懸命に使い魔を揺さ振る。 「生きてる!? 生きてるの!?」 錯乱して判り切った事を聞いているルイズと、判り切った事を聞かれているのにツッコミを入れる余裕すらなく悲痛な呻き声を上げるジョセフの元へ、上から駆け下りてきた仲間達が駆け下りてきた。 「ダ、ダーリンッ!?」 「ジョジョ!?」 キュルケとタバサだけではなくタバサも蹲るジョセフに駆け寄ってきた。 「タバサ、『治癒』はかけられる!?」 「……ム、ムリせんでいいッ……! お前達も疲れとるじゃろ、なぁに一晩くらいなら大丈夫ッ……!」 明らかなやせ我慢だとは全員が判るが、実際精神力は傭兵達相手に枯渇している。ここで出来る事は何も無い、というのが正直なところだった。 「さっきの呪文は『ライトニング・クラウド』だな。『風』系統の魔法の中でも凶悪な魔法だぜ。あいつはかなりの使い手だ」 ジョセフの手から落ちたデルフリンガーが心配そうに言った言葉に、同じ風系統のメイジであるタバサの表情が微かに曇る。それを見たキュルケは、蹲るジョセフを目撃した時と同じくらいに驚いた。 「だが腕ですんでよかった。本当なら命を奪うほどの魔法だぞ。……どうやら、この剣が電撃を軽減したようだな。よくわからんが、ただの剣ではないな」 同じようにジョセフの傷を見やっていたワルドが呟く。 「知らね。忘れちまった」 デルフリンガーがすっとぼけた声で答える。 「……なぁに、フネに乗ったら酒飲んで酔っ払っちまえばどーにかなるわいッ。ほら、随分後戻りしちまったからとっとと行かなくちゃなッ」 よろよろと起き上がるジョセフを全員が心配するが、まだ階段を上り続けなければならないのは確かである。タバサは下で待機していたシルフィードを呼び出そうと口笛を吹こうとしたが、それはジョセフに止められた。 「また他の追っ手が来たら困るじゃろ……なぁに、心配はいらん。わしが何とかする」 ものすごい強がりに、タバサは静かに頷いた。 (言ったら意見を譲らない所は主人と同じ) 他の面々もその結論に達すると、改めて階段を登って行く。ジョセフはデルフリンガーを鞘に収めると、焼け焦げた右腕を押さえながら波紋を緩やかに流し込んでいった。 To Be Contined →
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dodoP(げぼくのかがみ) 'ヽ,_ァ' ,ィ'/⌒ヽ .┌ i !'/'"`"i │伊織派PVの第一人者といえば、dodoPね♪ |!(l ^ヮ゚ノ!< シンクロもさることながら、ストーリー性の高い演出も注目! ノ'⊂rハlつ │祭りにも積極的に参加するとは下僕の鑑ね、にひひっ♪ ( くノ_),)ノ └ し'ノ 俺ランキング 1周年記念 最新作 MMD春香さん \かわいい/ 代表作 +07年代表作一覧 切り抜きの一枚絵を主体としたストーリー性の高い作品。 「別れ」を二つの曲を組み合わせて表現しており、その相乗効果は計り知れない。 伊織様の表情に、dodoPの深い愛を見た。 DLCジェバンニながら、演出と曲補正で最大再生数を誇る。 +08年代表作一覧 誕生日当日投下の本命作。いおりんの魅力を最大限に引き出す選曲とシンクロ。伊織派のエースdodoPの面目躍如。 +連日投下した誕生祭動画一覧 ロリトリオでモモーイな第四弾。 釘宮繋がり。アップ多用で表情変化とリップシンクロで魅せる。伊織派のdodoPに隙は無かった。 原作を意識した配役で、さりげなく衣装違いデュオ。 im@s MAD Survival Championship II参加作品。 亜美真美誕生祭動画。モキュモキュモキュモキュモキュモキュモキュモキュ 公式トレーラーを使ってのまさかのジェバンニ ReProduction 懐かしきデジタルワールドの香り こういうのもあります 合作「Medley For You!」(代表18P) [01 Labyrinth]ネタ満載のハラヘリやよい 映像制作 合作「七色のニコニコ動画」(代表一九P) [45 時報]おやすみ前の最後の仕事 合作「MASTER SPECIAL MEDLEY」(代表二十P) [Track 02 乙女よ大志を抱け!!]!?なぜ●●したし ニコ動一覧 タグ-dodoP マイリスト ニコニコ大百科-dodoP 使用ソフト Premiere Elements 3.0 メインの動画編集ソフト Photoshop 6.0 静止画加工等に使用 Illustrator 10 タイトルなどの作成 aviutl 0.99 リサイズなど VirtualDub 1.6.0 主に字幕入れに使用 SEffect 1.53 ちょっとしたマスクがけや、静止画切り抜き flvenc エンコ用 その他細々した物 最終更新:2010/04/18 Sun 16 06 当ページの訪問者数 合計 - 人 本日 - 人 昨日 - 人 タグ一覧: KAKU-tail3 P名 P名_D im@sMSC2 im@sMSC3 デビュー2007.8上旬 合作「MASTER SPECIAL MEDLEY」参加P 合作「Medley For You!」参加P 合作「七色のニコニコ動画」参加P 大百科収録P 投稿数50作品以上
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【名前】 ゼロ・ドーパント 【読み方】 ぜろ・どーぱんと 【登場作品】 小説 仮面ライダーW~Zを継ぐ者~ 【所属】 ミュージアム 【分類】 ドーパント 【メモリ】 ゼロメモリ 【綴り】 不明(ZERO) 【頭文字デザイン】 不明(Z) 【モチーフ】 無 【生体コネクタ位置】 不明 【特色/力】 不明 【詳細】 「ゼロ(無)」の「ガイアメモリ」で「ミュージアム」のエージェントが変身するドーパント。 赤い目や胸部の円形以外は特にディティールがない真っ黒な体をした「ズー・ドーパント」とは真逆なシンプルなデザインをしている。 触れたもののエネルギーを瞬間的に「0」にする能力を有し、武器としてチェーンを操る。 能力を使い、翔太郎不在で「ロストドライバー」を入手して単独の変身が可能となった仮面ライダーサイクロンを幾度も窮地に陥らせる。 「禅空寺俊英」をサービスとしてサポートするも正体がばれた時点で見限る。 特殊な武器でエクストリームの「クリスタルサーバー」の一部を奪い逃走、追ってきたアクセルと戦う。 エネルギーをチャージできるアクセルとは能力の相性が悪く、アクセルメモリを使用してマキシマムドライブを発動させたエンジンブレードの攻撃、エンジンメモリを使用してマキシマムドライブを発動させたバイクフォームの攻撃という「2段攻撃」を受けメモリブレイクされた。 その後、逃走しようとしたエージェントは口封じで「スミロドン・ドーパント」に処刑されてしまった。
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幕間 ルイズの部屋に戻ったホワイトスネイクが最初に見たのは、ドアのすぐ前に脱ぎ捨てられた下着だった。 どう考えてもルイズのものである。 そしてその上には何か書き置きのようなものがぽんと置いてあった。 だが―― 「…読メナイ」 ホワイトスネイクにはそれが読めなかった。 (妙ナ話ダ…言葉ガ通ジテ文字ガ通ジナイ、ダト? 一体ドウイウワケデソンナコトニナッテシマッテイルンダローナ…マア、今ハ置イテオクカ) 状況から考えるに、多分「洗濯しておけ」とか書いてあるのだろうが……年頃の小娘がそんな事を書くだろうか? ホワイトスネイクはルイズの方を見るが、既に寝てしまっているので内容を聞くことは出来ない。 ホワイトスネイクは少し考えた後、 「記憶ヲ見レバ済ム話ダナ」 ルイズの記憶を見ることにした。 そう決めたホワイトスネイクはふわり、と宙に浮き上がると、 ルイズのベッドの上の空中で音も無く静止する。 そして慣れた手つきでルイズの額に指先を当てて―― ズギュン! 奇妙な音とともに、ホワイトスネイクの指がルイズの額に突き刺さったッ! だが不思議なことに流血は一切無い。 まるで水面に指を突っ込んだかのように、ごく自然にホワイトスネイクの指はルイズの額にめり込んでいる。 そして数秒後、ホワイトスネイクは、円盤状のものをズルリとルイズの額から抜き出した。 これが「DISC」である。 ルイズの記憶がホワイトスネイクの能力によって、形となって取り出されたのだ。 そしてこれまた慣れた手つきで、ホワイトスネイクはそのDISCを自分の額に突き刺した。 直後、DISCに映像が映り始める。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「まったく、あの使い魔ときたら! ご主人様のパンツ覗くなんて信じられないわ! 召喚できたときは「やったッ!」って思ったのに…付き合ってみないと分かんないものね」 DISCにはルイズの部屋が映りこみ、そしてプンスカ怒っているルイズの声が流れてきた。 「とにかく! これからはあたしが使い魔としての何たるかをビシッ! と教え込まなきゃいけないわ! まずその第一歩は…洗濯ね!」 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 本当に洗濯させるつもりだったのか、とホワイトスネイクは呆れた。 しかし自分で締め出した相手に書き置きを残すとは一体どういうことだろう。 自分でそう決めたことを忘れないためか? などと考えたホワイトスネイクだが、とにかくこれであの書き置きの内容は大方確認できた。 ならばもうこのDISCに用はない、ということでさっさと自分の頭からDISCを抜き取ってルイズに戻す。 戻したのは、そうしないと大変なことになるからだ。 場面はちょうどルイズが服を脱ぎ始めるところだったが、 真性ホモ(ホワイトスネイク談)だったプッチ神父の影響のため、 性欲を持たないホワイトスネイクには別に興味の無い映像である。 さて、ルイズに記憶のDISCを戻したホワイトスネイク。 はっきり言って洗濯なんかのためにコキ使われるのは不本意だったが、本体――厳密には本体ではないが、その命令とあっては仕方がない。 渋々ながら下着を引っ掴み、鍵を開けてドアを開く。 さっきみたいにすり抜けなかったのは、言うまでも無く下着がドアをすり抜けられないからだ。 そしてルイズの部屋を出たホワイトスネイクは考える。 この建物の内装やルイズの部屋を見る限り、この世界の科学技術は相当に遅れている。 早い話、洗濯機なんて文明的なものがあることは期待できない。 水道さえも無いだろう。 多分「魔法」とやらで色々解決してしまえるからそうなっていったんだろうが…と思ったところでふとある疑問が生まれた。 洗濯機が無い、ということは、それを何かで補っているということ。 地球の中世ヨーロッパならメイドあたりにやらせていたんだろうが、この世界には魔法がある。 魔法でどれだけのことが可能かは明確には分からないが、 文明の発達さえ遅らせてしまうのだから相当に幅広い応用が利くのだろう。 つまり魔法で洗濯をやるぐらいはできるハズである。 なのに―― 「何故アノ小娘ハ私ニ洗濯ヲヤラセルンダ?」 魔法が使えるなら自分で洗濯ぐらいやるはずである。 それに自分がここに来たばかりのとき、他の生徒が魔法で空中を飛んでいたのに対してルイズは自分の足で歩いていた。 ということは… 「アノ小娘ハ魔法ガ使エナイノカ」 という結論に至ったホワイトスネイク。 周りは皆使えるのに不憫な話だな、と少しばかりルイズに同情した。 魔法が使える使えないはスタンドであるホワイトスネイクには、 スタンド本体がプラスαの何かを持っているかどうかという程度の話なので別にルイズに幻滅したりすることは無い。 とここまで考えたところで大分発想が脱線していたことにホワイトスネイクは気づいた。 自分は洗濯をしなければならないのである。 どういうわけか魔法を使えない、あの小娘の代わりに。 まずこの世界に洗濯機は無い。 そして水道も無い。 要するに「井戸を探してそこで水を汲んで洗濯」しなきゃあならないってことなのだ。 改めて、こんな使われ方は不本意だとホワイトスネイクは思った。 とにかく井戸を探さなくてはならない。 こんな夜中には誰も起きていないだろうから探すのは自分だ。 となると、そこで問題が起きる。 「私ノ射程ハ20メートルシカ無イカラナ…」 井戸がルイズより20メートル以上離れた場所にあれば、ホワイトスネイクは井戸までたどり着くことが出来ない。 つまり洗濯が出来ないのだ。 いや、この部屋に来るまでの道筋から推測する限り、確実にルイズから20メートル以内に井戸は無い。 ホワイトスネイクにとっては別に進んでやりたい仕事でもないが、 かと言って「出来ませんでした」で終わらせるようでは、 プッチ神父のスタンドとして完璧に近い仕事をし続けたホワイトスネイクのコケンに関わる。 そこで数秒考えてホワイトスネイクが出した結論は―― 「誰カ他ノヤツニヤラセルカ」 思いっきり他力本願であった。 だがホワイトスネイクとしては「結果的に下着の洗濯が出来ればそれでいい」ので、そこには大してこだわらない。 しかし…だ。 ついさっきこの世界に現れた身長2メートルの亜人に 「洗濯してくれない?」と頼まれて快諾する者など間違いなく一人もいないのは分かりきった事。 無論、ホワイトスネイクだって真正面から頼むわけじゃあない。 では、どうするのか? その答えが、ホワイトスネイクの以後の行動にある。 ホワイトスネイクはまずルイズの下着を彼女の部屋の前の廊下にぽんと置くと、 その隣の部屋のドアをすりぬけ、堂々とそこに侵入した。 果たしてそこには、赤毛の女がぐっすりと眠りこけていた。 薄い下着を押し上げる豊かな胸や肉付きの良い肢体が実にセクシーだが、 性欲を持たないホワイトスネイクにとってはやはりどうでもいいことだった。 そして部屋を見渡すと、暖炉の下にはなにやら真っ赤で馬鹿でかいトカゲ……とでも形容すべき生物がすやすや眠っている。 (何ダコイツハ…? スタンドノヴィジョンカ? ヨク分カランガ、起キラレルト厄介ニナリソーダナ) そんな事を考えながらホワイトスネイクはトカゲに近づき―― ドシュン! 「『コレカラ一時間、グッスリ眠リコケロ』。オ前ニ命令スル」 体から抜き取ったDISCをトカゲの頭に突き刺し、ホワイトスネイクはそう言った。 これもまたホワイトスネイクの能力の一つ。 命令を受けた生物は、例えその内容が 「人が来たら頭を撃ち抜いて射殺した後にDISCを回収しろ」という複雑なものであっても、 「破裂しろ」などという理不尽極まりない命令でも必ず遂行するのだ。 さて、これであと1時間きっかりはこのトカゲの五感は無効化している。 たとえ自分の主人が突然起き上がって部屋を出て行ったとしても、それに気づくことは無いだろう。 そして下準備を終えたホワイトスネイクは赤毛の女に近づき―― ドシュン! 「『部屋ヲ出テ廊下ニ転ガッテイル下着ヲ洗濯シロ』。オ前ニ命令スル」 トカゲにやったのと同様に、ホワイトスネイクは赤毛の女にそう命じた。 すると女は唐突にむくりと起き上がると、着の身着のままの格好でふらふらと部屋から出て行った。 ふわりと空中に浮かびながら、その後を追うホワイトスネイク。 そして女は廊下に転がっているルイズの下着を見つけると、 胸の谷間から棒切れのようなものを抜き出して何かをごにょごにょと唱えた。 するとルイズの下着がふわりと浮かび上がり、さらに女の杖の先から水流が飛び出した。 杖から放たれた水は空中で下着を丁寧に揉み洗いしている。 便利なものだな、とホワイトスネイクはその光景を眺めながら思った。 そして数分間揉み洗いが続いた後、女は再び何かごにょごにょ唱え始める。 すると今度は杖の先から小さな火の玉のようなものが現れた。 その火の玉は先ほど放たれた水に包まれた下着の周りをぐるぐると回り始める。 火の玉の熱は下着を包む水を徐々に蒸発させていき、やがて下着を完全に乾燥させた。 便利なものだな、とホワイトスネイクは(以下略。 そして洗濯の終わった下着はぽとりと廊下に落ち、 女は手に杖を持ったまま、またふらふらと自分の部屋に戻っていく。 「ゴ苦労ダッタ」 ホワイトスネイクはその背中にそう言うと、下着を拾い上げてルイズの部屋に続くドアを開けた。 部屋に入ったホワイトスネイクは、窓から外を見る。 空は暗く、月の位置もまだ高い。 夜明けまではまだ時間がありそうだ。 そんな事を考えながら、ホワイトスネイクは自分自身を解除した。 To Be Continued...
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ルイズ達より遅れてラ・ロシェールに到着した三人は、ハーミットパープルを使って街の地図を念写し、ジョセフを媒介に主人であるルイズの居場所を探し出した。 今夜の宿はラ・ロシェールで一番上等な『女神の杵』亭だった。一階が酒場で二回が宿屋になっている、ハルケギニアではオーソドックスな作りの宿屋である。 街で一番上等であるということは貴族相手の商売をしているということと同義語であり、それに見合った豪華な作りをしていた。 テーブルからして床と同じ一枚岩を削り出したもので、顔が映り込むほどピカピカに磨き上げられおり、着席するだけでも相当な金額がかかると判る代物だった。 幾つもあるテーブルの中で一番入り口に近いテーブルには、ルイズとワルドとギーシュが数本のワインボトルと上等な食事の皿を並べて適当に食事を始めていた。 「おうすまんの、何とか腰は直したから後はどーでもなる。心配かけちまったの」 いけしゃあしゃあと言い切りつつ、ジョセフは遠慮なく空いた椅子に座り手ずからボトルを取り、ワインをグラスに注いでいく。 「一つ残念な知らせがある」 ナイフとフォークでローストチキンを切り分けながら、ワルドが困り顔を隠さずに言う。 「アルビオンに渡る船は明後日にならないと出ないそうだ」 「急ぎの任務なのに……」 ルイズは不機嫌を隠さずに眉根を寄せた。 疲労で食欲も減退している他の面々をさておいて、ジョセフとタバサは構わずワインで食事を流し込んでいく健啖家っぷりを披露する。 その中で聞いたことは、アルビオンがラ・ロシェールに近付く月の重なる夜、『スヴェル』の月夜が明後日の為、船を出すには明後日でないといけない、ということだった。 だがジョセフは(それならしょうがないよなァ。明日はゆっくり骨休みするか)と他人事のように気楽に考えていた。 程無くして皿から食事が(主にジョセフとタバサの)胃袋に移動しきった頃、ワルドが鍵束を机の上に置いた。 「それぞれ相部屋を取った。組み合わせはキュルケとタバサ、ジョセフとギーシュ」 機嫌よく食事を終えたジョセフの顔が、先程の食事で出てきたはしばみ草のサラダを食べた時の様な微妙な表情に変化した。ジョセフは次の言葉が読めたが、死んでもその言葉を口に出したくはなかった。 「僕とルイズは同室だ」 だが予想していた通りの言葉がワルドの口から聞こえた。 その言葉に、ルイズが驚きに見開いた目でワルドを見た。 「そんな、ダメよ! 幾ら婚約してるからって、まだ私達は結婚してるわけじゃないのよ!」 「そりゃそうじゃろ。主人と使い魔が同室のほうが角が立たんのじゃないのか?」 常識的で良識的な意見を二人からぶつけられるが、ワルドは首を振ってルイズを見た。 「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」 「だからって同じ部屋で寝起きする必要がどこにあるっつーんじゃ。二人きりで話すのと一緒の部屋で寝るのには何の関係もないじゃろ。婚前交渉は貴族の文化と言うわけじゃないわな」 ジョセフにワルドの意見を聞き入れなければならない理由はない。むしろ疑念がほぼ確信に近い現状では積極的に何でも反対したいとすら思っているが、それをさておいても、(こいつはホント何言っとるんじゃ)というワルドの発言である。 「話する間は二人きりで話しゃいい。寝る時はルイズとわし、アンタとギーシュの組み合わせで泊まればいいだろう。な?」 と、ルイズに同意を求める。 「あ……うん、そうね。私も、その方が……」 余りの事で困惑していたルイズが、ジョセフの出した助け舟にあっさりと乗り込んだ。 ギーシュも憧れのグリフォン隊隊長と同室することに不満もない様子だし、キュルケとタバサも口を端挟もうともせずワインを味わっていた。 「……ではそうしよう。ルイズ、すまないが部屋に来てくれ」 多数決に敗れたワルドは、それ以上反論も出来ずジョセフの提案を呑まざるを得なかった。鍵束から一つの鍵を抜き取ると、ルイズに目配せをする。 「ええ、じゃあ」 二人で話をするだけ、ということならばルイズに反対する理由はない。ルイズはワルドの後ろに付いて歩いていく。二人が階段を上がっていくのを見届けると、ジョセフは大きく欠伸をした。 「かァーッ、一日中馬に乗りつめじゃったから眠くてしょうがないわいッ。ギーシュ、とっとと部屋に行くぞッ」 「ぁー、僕は後で行くよ。もうちょっと飲んでから行くから部屋番号だけ見ておく」 どうにもわざとらしい、とジョセフをよく知る三人は思った。ジョセフはルイズを目に入れても痛くないほど可愛がっているのは最早説明するまでもない。悪い虫が付いたのだからそれは機嫌が悪いだろうとはさほど考えなくても判る。それは判るのだが。 (いい年して子供っぽい)と少年少女達に思われてるのにも気付かず、ジョセフは鍵束から鍵を取って足音も荒く階段を上がっていく。 ジョセフの後姿を見送った三人は、とりあえずワインボトルをもう一本注文した。 部屋に入ったジョセフに、デルフリンガーが声を掛ける。 「くっくっく、おじいちゃんはご機嫌ナナメってーやつだぁな」 「うるさいわいッ」 「で? どうすんだい? 俺っちの相棒サマは色んな方法で二人の話を盗み聞き出来るよなァ。波紋使って壁に張り付いて窓から盗み聞きだって出来るし、ハーミットパープル使えば自分の身体を媒介に娘っ子の心を読んだりも出来るわーな?」 「やかましいわいッ!」 デルフリンガーの言葉に、ジョセフは力を込めて剣を鞘に収めると乱暴に投げ捨てた。 やろうと思えばデルフリンガーの言った通りの方法で幾らでも盗み聞きは出来る。だがそんな情けない真似をジョセフ・ジョースターがやれると言うのか。例え相手が信用ならないどころか疑わしさ丸出しな男だとしても、それとこれとは話が違う。 それなりに上等なベッドに寝転がり、久方ぶりの柔らかい寝床にやや慣れないと感じてしまった感覚に苦笑することもなく、ただ不機嫌な顔を隠さず横になっているだけだった。 ワルドとの二人きりの話を終えたルイズは何となく一人になりたくなり、宿の中庭で所在無さげに壁に凭れ掛かって月を見上げていた。 今回の任務のこと。ジョセフが伝説の使い魔『ガンダールヴ』だということ。ガンダールヴを召喚した自分は偉大なメイジになれると断言されたこと。 ――ワルドからのプロポーズ。 一昨日には考える由もなかった事柄達がルイズの胸を締め付けてきた。 アンリエッタの友人であるルイズは、肌身離さず持っている密書の最後に何かを書き加えた時の彼女の表情がどんな類のものなのかは、判りすぎるほどに判る。しかもその相手は戦争の只中にいる。 ジョセフが始祖ブリミルの用いた伝説の使い魔『ガンダールヴ』だという話をワルドから聞かされたのもそうだ。そんな伝説の使い魔がどうしておちこぼれの自分に召喚出来たと言うのだろう。 そもそもガンダールヴでないとしても、ジョセフが自分の使い魔だという時点で満足している節がルイズにはあった。ちょっと調子に乗りやすいしスケベだけれど、嫌いだとは思っていない。むしろ好感を抱いていると言って差し支えない。 そんなジョセフを使い魔にしたまま、果たして自分はワルドのプロポーズを受け入れることが出来るのだろうか――と考えて、それは出来ない、と思うしかなかった。 ジョセフは孫までいる妻帯者で、自分より50歳も年上の老人だということは重々承知している。周りは囃し立てるが、主従揃って『それはない』と声を合わせたものだ。 でも、ジョセフを側に置いたまま、ワルドと共に始祖ブリミルに永遠の愛は誓えない。恋慕や愛ではないはずなのに、どうして憧れの人だったワルドの求婚を受け入れることが出来ないのか。そこに至る計算式が判らないのに、答えだけが最初から記されていたようなものだ。 もしジョセフに暇を出せば、彼はどこでも上手にやっていくだろう。平民として召喚された異世界の学院でも、とんでもない適応力で居場所を築けたジョセフだ。下町だろうと、王城だろうと、どこでも、誰とでも、上手くやっていけるだろう。 そんなのやだ、とルイズは思った。自分の知らない場所で自分の知らない誰かと仲良く楽しく暮らしているジョセフを考えると、何かもやもやした感情がルイズの中を満たしてしまう。 でも、とルイズは思った。もしかしなくても、ジョセフはこんなおちこぼれメイジの使い魔なんかやっているよりも、もっと別の事をやらせた方がいいのかもしれない。でも、『それはやだ』と、心が叫ぶ。 ワルドは10年前のように、あの頃のように、優しくて凛々しくて。憧れの人なのに。そんなワルドに結婚してくれと言われて、嬉しくないはずがないのに。……でも。 中庭で思い浮かべたのはワルドよりもジョセフの方が時間が長い、ということに、まだルイズは気付いていなかった。 To Be Contined → 29 戻る
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波紋ワインを飲んだアルビオン王軍を集めたホールにてジョセフが立案した手法は、ニューカッスル城の爆破解体及びそれに伴う岬の崩落であった。 NYで不動産王となったジョセフにとって、爆破解体は至極有り触れた手段であり、専門ではないにせよ城一つを解体するくらいはお手の物だ。 しかし爆破解体と言う技術が開発されたのは地球でも二十世紀に入ってから。 魔法を除いた技術レベルは中世のものでしかないハルケギニアの住人が理解しきれないのは当然のことだった。 しかしその程度の反応を恐れるジョセフではない。 不敵な笑みを一切崩すことのないまま、ニューカッスル付近の大地図とハルケギニアの大地図を前に滔々と語り続ける。杖を粗末にするとルイズが怒るのは目に見えているので、折り曲げた指の背でコンコンと地図を叩いて示す。 「しかし考えてみるといい、このニューカッスル城の立てこもるメイジの数は三百。この城の地理条件と敵の殆どがメイジじゃあないとして多勢に無勢は否めやせんッ。どれだけガンバったとしても向こうの被害は二千か三千、それでも大したモンじゃがなッ。 そこで逆に考える。敵に秘密港つきの風光明媚な城をわざわざくれてやるところを、城ごとブッ潰して向こうの度肝を抜いてやりゃあいいとな!」 ジョセフはニヤリと笑い、更に具体的な戦術に続ける。 「こん時ゃトーゼン巻き込む敵の数が多いに越したこたァ言うまでもない。じゃがあからさまに門を開け放してちゃー向こうも警戒しちまうわなァ。そこで向こうが攻めてきたところをナンボか抵抗して、キリのいいトコロで門を破らせる。 で、本丸に到着するまでに罠をがっつり仕掛けて足止めさせる。前の連中は罠に掛かるが、後ろの連中は城に入って戦功を上げたいからどんどん突入してくる。こーゆー時ゃ敵に勝利を確信させるのがコツ! 『相手が勝ち誇った時そいつの敗北は決定している』ッつーこッた! で、レコンキスタの連中が前のめりになったところで、ウェールズ殿下の演説を風の魔法で増幅させて、終わったところでタイミング合わせてドカーン」 握った手をニューカッスルの地図からハルケギニアの地図に移し、計画実行前後にニューカッスル岬が落下するであろう地点……ガリア王国の山脈を叩き、ふてぶてしく笑う。 「メイジは飛んで逃げられるが、どーせ城攻めに使うのは平民ばかりじゃろうから哀れ地面に大激突ーってワケじゃな。これなら魔法と大砲でブッちめる分と合わせて、少なくとも五千……臆病風に吹かれて逃げ出すのも随分と出てくる。 レコン・キスタに与えるダメージは決して少なくはないッ!」 手段もそうだが、ジョセフの発想のスケールの大きさもまたメイジ達を驚かせるものだった。それ故にジョセフの言葉を信じ切れないのは止むを得ないことである。 が、ジェームス一世とウェールズはジョセフの策を採ると決めている以上、粛々と従う姿勢を取るのは呼吸するより当然のこと。 さてニューカッスル城爆破解体に取り掛かるジョセフが最初にやらせたことは、錬金によるゴーレムの作成だった。三百のメイジはその殆どが最低でもライン、多くはトライアングル、中にはスクウェアも数名いる。 土系統が専門ではなくても錬金でゴーレムを作ることくらいは朝飯前である。 それに加え、ゴーレムを錬金する媒介にジョセフが指定したのは門から城に続く地面。 城を中心として堀を掘らせるようにゴーレムを錬金したのである。 土から起き上がったゴーレムはスコップ、もう半数はハンマーと杭を持っている。 「よしよし、んじゃ次にデッカイ穴を幾つか掘るとするかッ」 そう言うとジョセフはデルフリンガーを抜き、デルフリンガーにハーミットパープルを伝わせる形で発現させた。 「いやァこの剣はイロイロ出来るマジックアイテムでしてなァー」 「よく言うぜ相棒よォー」 ワルド戦にて魔術赤色の波紋疾走で燃やされた恨みたっぷりの声を、ジョセフは全力で聞き流した。 デルフリンガーを地面に突き刺し、茨を地下へと伸ばしていく。今回探知するのは地表から空中までの距離である。少々の時間が経ち、おおよその距離を把握した。 「ふむ、こんなモンか。えーと、大体こんなモンで」 ひょい、と地面の上に伸ばした茨は、空中に届くまでの長さ。それを参考にロープを切り、次にロープの片端をこの城にも数頭いたジャイアントモールやモール達に結わえ付ける。ギーシュのヴェルダンデも当然頭数に入っている。 そしてもう片端をゴーレム達がしっかり掴んで、モグラ達は下へ向かって穴を掘り進んでいく。こうしておけばもし掘り過ぎた場合でもゴーレムが引き上げられるという按配だ。 しばらくしてロープがピンと張られる。目的の深さまで掘り進んだところでゴーレムがロープを引っ張り、モグラ達を地面へ引き上げる。 続いて火のメイジが黒色火薬を固めて作った即席の爆弾を深い穴へ投げ入れ、底に落ちた爆弾が爆発する。すると辛うじて残っていた穴の底は爆発により吹き飛ばされ、空に向かって開いた穴からモグラ達に掘られて柔らかくなっていた土が一気に落下していく。 幾つも土を掘り進める作業が続く中、ハンマーと杭を持ったゴーレムを引き連れたジョセフは城の見取り図を手にハーミットパープルで念視を行う。 爆破解体で必須となるのは、「いかに建築物の重量を支えている箇所を効率的に破壊するか」という点。 ジョセフの目視でもおおよその爆破ポイントは目星がつけられるが、固定化の魔法がかかっているハルケギニアの建築を前にしては、念を入れなければならないのである。 だが幸運なことに、ニューカッスル城は城全体にはそれほど強固な固定化は掛けられていなかった。風化による劣化に耐えられる程度の固定化であり、建築技術により城塞に求められる強固さを得た、ハルケギニアには珍しいタイプの城だった。 ハーミットパープルが導き出した爆破ポイントに辿り着くと、チョークで書いた円の前にゴーレムを配置し、一斉に杭とハンマーで穴を穿たせていく。 城中を回りながら作り上げた穴に爆弾を詰め、なおかつメイジ達の攻撃魔法を放つことにより爆破ポイントを一斉に破壊し、城を解体する手筈である。 地球ならば遠隔操作による着火で済む話だが、ハルケギニアにそのような便利な技術は存在しない。まして中世レベルの黒色火薬で作られた爆弾で求められるだけの爆発力を得られるかも怪しい……ジョセフが良心の呵責に駆られないはずがない。 しかし三百のメイジ達は次の夜を迎えるつもりもない。この爆破解体を成功させるためには避けて通れない代償だということは重々理解している。 例え死ぬ経緯が違うとは言えども、メイジ達を死に追い遣るのはジョセフの計画によるものである。 (決して失敗などせんッ、失敗しちまやァそれこそ犬死にじゃからなッ!) 何度も繰り返した決意、それを再び心に刻みながら、次の作業場所に移る。 宝物庫の中では何人もの使用人が空のワイン樽に金貨や宝石など、目ぼしい宝物を忙しく詰め込んでいた。 「どーせ残しといても地面に落ちちまうんじゃし、どうせならトリステインが使えるようにしときゃイイ」というジョセフの進言により、城の宝物庫に残っていた財宝を持ち出すための作業が続けられていた。 イーグル号もマリーガラント号も避難民を全員乗せなければならないので宝物を入れる余裕はない。別の運搬手段に関しても、ジョセフのアイディアが解決した。 樽にパラシュートをつけ、それをトリステインとガリアの国境にあるラグドリアン湖に落下させるという方法である。その為に城中のロープや布が集められ、ジョセフが紙に書いたデザインに添ってメイジ達の錬金でパラシュートが作られていた。 それから再び庭に出ると、今度は岬の地図を手にハーミットパープルでの念視を行う。 爆破解体した城の重量で岬を崩落させる大仕事を果たすために、立っている岬を媒介として岬の『地脈』を念視する。地中に伸びた数本の茨の動きが止まったのを確認すると、穴を掘り終えてどばどばミミズをたっぷり食べているモール達の頭を撫でてやる。 掌から流れる波紋に気持ちよさそうにもぐもぐと喉を鳴らすモールは、やがて茨を追って地面の中へ穴を掘っていく。 早ければ馬が走るほどの速度で地面を掘り進めるモールの姿があっという間に見えなくなったのを見送ると、周囲に人の目がないのを確かめてからジョセフはドサリと地面に倒れ伏した。 「いかんッ……ちぃと働きすぎたッ。体がなんかギシギシ言いやがるぞッ」 人前では言えないジョセフの愚痴に、デルフリンガーが鞘から顔を覗かせた。 「そりゃあ相棒は年寄りだからなぁ。それにしたって筋肉痛がもう出てるんだから若いって言えば若くね?」 「それにしたってキツいじゃないかッ。わし前に寝たんは何時の事じゃったかなー……ここに来るフネじゃなかったか? そっから波紋とかスタンドとかガンダールヴとか使いまくりじゃぞ? ジャパニーズビジネスマンじゃあるまいし、NYでこんなに働いたこたーない」 筋骨隆々でノリも軽いので忘れられがちだが、ジョセフは68歳で立派なジジイである。 超能力使ったりチャンバラしたり友人達の技パクったり爆破解体に走り回ったりと、非常に疲れる一日であった。しかもまだ途中だというのがジョセフの疲労を重くする。 「いいじゃねぇか、たまにゃー働いたってバチ当たんないぜ? 特に今日のコイツは大仕事だ。俺っちも随分と長いコト生きてきたが、こんなムチャなコト考えてやろうとかする大馬鹿野郎はたった一人しか知らねぇ」 「ほう、他にいるんか。そいつぁーよっぽどのハンサム顔か性格の悪いヤツに違いないな」 けらけら笑うジョセフの腰元で、デルフも金具をカチカチ鳴らして笑った。 「全くだ、性格の悪さはどっちもどっちだがハンサムっぷりで言ったら相棒は惨敗だな」 「後でルイズの爆発を吸い込めるかどうか実験してみるかなァー」 「OK落ち着け相棒」 軽口を叩きあう老人と剣。 それからしばらく休憩がてら寝転がって夜空を見上げるが、ハーミットパープルを伸ばし続ける為のスタンドパワーの消耗はさしたる休息を取らせてくれない。 「それにしてもアレじゃなー……」 「どうしたよ相棒」 「柱の男やDIO倒しに行った時と同じくらい頑張っちゃおるがなァ。なんでこんなに頑張ってるのか自分でもよく判らん」 輝く月が明るいせいで、満天に輝く星の光はいまいちハルケギニアに届かない。 月ばかりが目立つ空を見上げ、ジョセフは一つ欠伸をした。 「別に見返りとかあるワケでもないしな」 「見返りがほしくて使い魔やっとるワケじゃないぞ? それにエジプトに行く時も波紋は必要最低限にしちゃおったんじゃが、こっちに来てからどうにも波紋ばっか多用しとる。 いかんいかん、これじゃ帰った時にスージーにどやされる。なんで自分だけ年取ってないんだってな。アレ天然のクセして怒ると怖いんよなァー」 「そー言や相棒は孫もいるんだったよな。元の世界に帰りたいかい、相棒」 「帰るに決まっとる」 即断する言葉に、デルフリンガーは次いで問いかけた。 「貴族の嬢ちゃんを残してかい?」 「痛い所を突くのォ剣のクセに」 「剣の仕事は痛い所を突く事だぜ、相棒?」 「上手い事言うのは剣の仕事じゃないじゃろうよ」 「六千年も生きてる伝説の仕事は上手い事言う事だぜ」 「もっともじゃな」 ふむ、と顎ひげを摩り、デルフリンガーにちらりと視線をやった。 「そりゃ帰らなくちゃならん。わしには待ってる家族がいる。先約は向こうじゃからな。だがルイズもほったらかしにしたいワケじゃあない。だから、いつ帰ってもいいようにルイズにはわしの持ってる技術や知識を伝えたい。 今回の爆破解体だってルイズやギーシュ達にわしの知識を伝授するいい機会だしな。このわしがルイズに召喚されたのはその為だと。わしはそう思っとる」 迷いのない声。確固たる意思で固められた言葉に、剣は呟いた。 「なるほど。だから、隠者の紫か」 納得したような声を、ジョセフが聞き逃す訳もない。 「ハーミットパープルがどうかしたのか?」 「いや、なんでもねえ。個人的に納得したっつーだけの話さ」 「なんじゃ、お前にしちゃ歯切れが悪いな」 「つい最近まで錆だらけだったからな、切れ味鈍ってたぜ」 誰が上手い事言えと、とツッコミもしないジョセフにデルフリンガーもそれ以上何も言わず無言で地面に横たわっていた。 今回の計画はジョセフが八面六臂の活躍をしているが、ルイズ達魔法学院の生徒も、作業のシフトにしっかり組み込まれている。 ルイズは爆発魔法で強固な固定化の掛けられた箇所を爆破して回っているし、ギーシュもワルキューレを指揮して堀を掘っている。キュルケもゴーレムを錬金して城の爆破ポイントを回っているところである。 そしてタバサはと言うと。 「ジョセフ」 寝転がっているジョセフに彼女が声を掛けた。 「おお、準備が出来たか」 主人が見れば「何をサボってるのか」と詰問するような場面でも、タバサは普段通りに佇んでいるだけだった。 タバサとシルフィードは、ラグドリアン湖に宝物を満載にした樽達を落としに行く為の人員としての役割を負っていた。アルビオンがラグドリアン湖に再接近する頃合に、パラシュートを付けた樽を牽引して運搬し上空で落とさなくてはならない。 そこで風竜が使い魔である風のトライアングルであるタバサが、この作業に従事するという訳である。 ぱんぱんと服を叩きながら立ち上がるジョセフに、タバサは淡々と語りかける。 「準備は出来たけれど、思っていたより数が多い。何度か往復しなければならない」 「フーム、滅びる前でも流石は王国じゃな。他に人手は?」 「満足に使える幻獣がいない」 「んーまァ、いるなら篭城戦にゃならんわなー」 視線を軽く宙に彷徨わせ、しゃあネェか、と口にした。 「ワルドのグリフォンがいる。アレ使おう。あんまりシルフィードを疲れさせるワケにゃいかんからな」 「無理。騎乗用に調教された幻獣は主人以外が手綱を握ることを許さない」 事実のみを告げるタバサにちっちっち、と指を振ってみせる。 「わしはただの人間じゃないんじゃぞ? まァいいモン見せてやろう」 僅かに首を傾げたタバサをよそに、穴からモール達が出てくる。 「よし、んじゃお前達は庭掘りに行って来い。わしらもこれからまだ仕事があるからな」 頭を撫でられたモール達は嬉しそうにしながらもぐもぐもぐと庭へと進んでいった。 その後姿を見送ってからジョセフ達も厩舎へ向かう。 途中、ワルドと戦った場所の近くを通りかかれば、地面に飛び散った血の痕のそばに切り落とされたワルドの左腕が落ちているのにジョセフは気付いた。 無視するべきかどうするか少々考えてから、ジョセフはずかずかと歩いていって左腕を掴むと、わざわざ屋根つきのゴミ捨て場まで回り道して「燃えるゴミは月・水・金」と書かれたゴミ箱の中へ叩きつけるように投げ捨てた。 多少の回り道してから辿り着いた広い厩舎にいるのは数頭の馬とグリフォンのみ。主人以外の何者かが近付いてくるのに気付くと、鷲頭の幻獣は唸り声を上げて威嚇を始める。 しかしジョセフは何も気にすることなく右手に発現させたハーミットパープルをグリフォンに伸ばし、頭に絡みつかせて波紋を流す。 見る見る間にグリフォンは唸り声を上げるのをやめ、いつでもどうぞと言う様に身体を低く伏せた。 「……驚いた。まるで先住魔法のよう」 学院の人間が見たこともないような驚きの表情でジョセフを見上げるタバサに、ジョセフはしてやったりと笑って見せた。 「こんなモン、チャチな超能力じゃよ。さ、ちゃちゃっと仕事終わらせんとな。突貫工事もいいトコなんじゃぞ、このくらいの規模の工事じゃと調査とか入れて何ヶ月もかける仕事なのを一晩でやろうって言うんじゃからなッ」 グリフォンに馬具を付けて行くジョセフの後姿を、強い視線で見つめるタバサ。 何事か声を掛けようとしたが、緩く首を振って無言でシルフィードの元へと向かう。 ロープでそれぞれを結わえ付けた宝物満載の樽達を引っ張るのは、シルフィードとタバサ、そこに加わったグリフォンだけでは難しい。 数人のメイジがシルフィードとグリフォンに分乗し、複数のレビテーションで浮かせた樽を繋げたロープの端をシルフィードとグリフォンがそれぞれ咥えて運んでいく。 アルビオンのメイジ達は風の流れを巧みに読み、遥か眼下のラグドリアン湖に見事落下する箇所でロープを切り離し、樽をそれぞれ落としていく。 月明かりの中、樽に結ばれたパラシュートが無事に開いて空に花を咲かせたのを見届けると、シルフィードとグリフォンはアルビオン大陸へとトンボ返りした。 グリフォンを厩舎に戻したジョセフは、それからも忙しなくニューカッスル城を駆け巡る。メイジ達の指揮を執るウェールズの元へ行き爆破のタイミングを取る為の演説の内容を打ち合わせしたり、爆破ポイントに不備はないかチェックしたり。 この夜、ニューカッスル城にいる者は例外なく眠りに付けた者はいない。 しかし今から行われる作戦がどれだけの効果を上げるのか知っている者は、ジョセフただ一人。 成果の判らない作業に従事する夜が明け、朝が来る。 鍾乳洞に作られた港から、ニューカッスルから疎開する人々を満載したイーグル号とマリー・ガラント号が出航する。 計画立案を担当したジョセフ達は、アンリエッタから請け負った任務を遂行する為にフネに乗ってトリステインへと帰っていく。 しかし今から玉砕戦に挑むウェールズ達は戦の最終準備に忙しく、ルイズ達を見送る事は出来なかった。 マリー・ガラント号に乗ったルイズは、遠ざかっていくアルビオン大陸を艦尾からじっと見つめていた。 * 「――よってここにアルビオン王家は敗北を宣言する。しかし君達に杖の一本銅貨の一枚たりともくれてやる訳にはいかない! アルビオン王家第一王位継承者、ウェールズ・テューダーがアルビオン王家に伝わる秘められし風の魔法を披露しよう!」 ウェールズは自らの役目を終えた。 風の通りやすい天守から風の魔法で増幅させた声は、間違いなくニューカッスルの岬中に響いたことだろう。 数瞬後に始まるであろう爆発を待ち、城と運命を共にするのを待てばいい。 父王ジェームス一世は自ら志願して最前線へと出向いた。 戦に出向くに何の支障もなくなった肉体で、戦に立ち向かえる父の晴れ晴れとした笑顔は、せめてもの救いであった。 多少心残りがあるとすれば、アンリエッタだけだ。 果たしてあの可愛らしい従妹は、無事に生きていけるだろうか。 「――アンリエッタ……」 最後に渡された手紙を胸に、訪れるべき最後の瞬間に知らず唾を飲み込んだその時―― 「次の殿下のセリフは『どうか僕のことは忘れて他の誰かを愛してくれ』という!」 「どうか僕のことは忘れて他の誰かを愛してくれ……はっ!?」 背後から掛けられた声に振り向いたウェールズは、信じられないものを目にした。 フネに乗って帰ったはずのジョセフが、自らに向かって紫の茨を伸ばしている! 余りの事に杖を取り出す事も出来ないウェールズの身体に茨が巻き付き、茨を辿って流された波紋は、容易くウェールズの意識をホワイトアウトさせた。 「またまたやらせていただきましたァん!」 爆発が巻き起こる天守から、気絶したウェールズを肩に担いで飛び降りるジョセフ! フネに乗って帰ったと見せかけ、ジョセフとタバサはこっそりとニューカッスル城に舞い戻り、礼拝堂で息を潜めていたのである。 全ては、ウェールズをトリステインに連れて帰るため。 ニューカッスル城の爆破解体の真の目的は、レコン・キスタに大被害を与える事などではない。それは目的の一つだが、あくまでも真の目的に至るための過程でしかない。 ウェールズ本人の演説の後発生する、城の解体、岬の崩落という一大スペクタクル。 これだけの大仕掛けをやった後、王子一人がむざむざ生き残るような不名誉な所業を選ぶはずがない。その心理の落とし穴に人々を陥れる為、これだけの大掛かりな手をジョセフは選択したのである。 ワルドが今回の旅で嬉しそうに述べた目的は三つある。 一つはルイズ本人。二つ目はアンリエッタの手紙。そして三つ目は、ウェールズの命。 三つ全てをトリステインに持ち帰るのは、まともな手段では為し得ない。 巨大なペテンの中に混ぜこぜた、あまりに小さな真の目的を看破できる者はほぼいない。 ルイズ達でさえ、ジョセフの真の目的を説明されたのは帰りのフネに乗り込む直前。 タバサを連れて行ったのは、無事にアルビオンからの脱出を成功させる為。 シルフィードと意識を共有するタバサがいれば、空中でシルフィードと合流してトリステインに帰る事が出来る。シルフィードは今、雲の中に隠れてタバサの合図を待っていた。 「説得するのがムリならムリヤリトリステインに連れ帰っちまやイイってこった! ざまァ見やがれレコン・キスターッ!」 計画を大成功させたジョセフが天守から降りてくるのを礼拝堂の屋根の上で確認したタバサは、フライの魔法を唱えてニューカッスル城からの脱出に移ろうとする。 だが。 タバサが唱えようとしたフライの魔法は完成することはなかった。 彼女が紡ぐ詠唱はすぐさま攻撃魔法に代わり――グリフォンに乗った男へ、氷の矢を放った。 しかし氷の矢は巻き起こる旋風に吹き飛ばされ、空中で砕かれ氷の欠片を撒き散らしたに過ぎなかった。 「おっと。そう易々と貴様の手を成功させる訳にはいかないだろう、ガンダールヴ?」 聞き覚えのある声。 ジョセフでさえ、ほんの一瞬だけ何が起こっているのか理解し切れなかった。 しかし、目の前の男が何者かは判る。忘れられるはずがない。 何故ならその男は、前の晩にジョセフに完膚なきまでの敗北を喫し。瀕死の重傷を負っていた筈なのに。 愛馬であるグリフォンに跨るその男は…… 「――ワルドッ!? 何故貴様がここにいるッ!」 腰に下げたデルフリンガーを抜いたジョセフに、ワルドは禍々しく唇の端を吊り上げた。 To Be Contined →
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ルイズの爆発魔法でワルドの首が霧散したのを確認することもせず、シルフィードは急速降下に入った。 まだ終わりではない。ワルドは確かに倒したが、ジョセフを救わなければならない。このまま放って置けばニューカッスルの岬ごとジョセフは大地に叩き付けられる。いくらジョセフと言えども、そんな事になれば生きていられるとは到底思えない。 しかもワルドを撃破したと同時に、大木のように茂っていたハーミットパープルはまるで枯れて朽ちていくように消え失せた。 メイジは精神力を使い果たしてもせいぜい気絶する程度で済む。スタンド使いが精神力を使い果たしたらどうなるのかは知らない。 かつて武器屋探しのついでにハーミットパープルを初めて見た時、ジョセフはスタンドを『魂の具現化したもの』と言った。魂を具現化させたものが枯れていくということがどういうことか――考えなくても判る。 タバサが先程張った風のドームがシルフィードの背に乗ったメイジ達をしっかりと捕らえ、空に振り落としてしまうようなことは無い。 だが、空を風竜の出せる限りの速度で『落ちる』恐怖。 「うわああああああああっっっっっ!!?」 二十世紀の地球でも、時速三百kmを超えるジェットコースターは存在しない。 噛み締めようとしても抑え切れない、腹の底から沸き起こる恐怖に耐え切れず叫んでしまうことで、ギーシュを臆病者呼ばわりすることは出来ない。 キュルケはこの高速落下の恐怖を味わう前に、精神力を使い果たしていた所にワルドを倒したのを見届けた安堵で気が緩んだことで、幸運にも気絶していた。 故に悲鳴を上げたのは、ギーシュ一人だけだった。そのギーシュも数秒も持たない内に恐怖が思考を塗り潰し、意識を手放したのだが。 ウェールズは波紋で気を失ったままで、タバサはこの程度の速度は慣れたものとばかりに力強く手綱を握り締めている。 ルイズは、叫ばなかった。それどころか、瞬き一つもしまいと見開かれた両眼で落ちていく先を見据えていた。 (――ジョセフ!) 雲の隙間を縫うように空を降り、岬から切り離された瓦礫を恐ろしいスピードで追い抜いていくのにも構わずほんの僅か前まで茨が伸びてきた元を見つめていた。 これだけの猛スピードで追いかけても、岬が落ちてからスタートを切るまでに絶望的な時間が経過しているのは理解できている。 アルビオンが何故空に浮くかは誰も知らない。ニューカッスルの岬も大陸から切り離されれば遥か下の大地目掛けて落ちていった。 しかし、城が先端に建つほどの質量と面積を持った岬は、空気抵抗を大きく受ける。それに加えて元より空に浮いていた大陸の一部だった岬は、気休め程度ながらも重力に逆らうかのように落下速度に幾らかのブレーキがかかっている。 だからこそタバサは逡巡すら惜しんでシルフィードを降下させた。 ルイズとタバサ、二人の目には光度は違えど同じ輝きが灯っていた。 その輝きは、『何としてもジョセフを救う』という意思の輝き。 今もなお左目を占めるジョセフの視界を睨みながら、ルイズは唇を噛んだ。 待っていなさいよ、ジョセフ――アンタは私の使い魔なんだからっ。 私の手の届かない場所になんか、行かせないんだから! * ワルドを撃破したジョセフの左目は、ジョセフ本人の視界に戻った。 ルイズから差し当たっての危機が去った事を把握したジョセフには、既に波紋を練れる呼吸もスタンドパワーも、何も残っていない。 ハーミットパープルを維持する事すら出来なくなったジョセフは、落下し続ける地面に力なく倒れた。 「……もうタネも仕掛けも何も無い……今度こそ本当にな……」 落ちていく岬の上に伏せるというのも奇妙な話だが、下から吹き上がる大気の奔流は巨大な岬が受け止めていた。奔流は岬の下を潜り、側面から上へと抜けている。 その為、地面に倒れたジョセフは大気の渦に捕われる事は無かったのだった。 「相棒」 まだ左手に握られたままのデルフリンガーの声に、ジョセフは掠れた声で答えた。 「……おうデルフよ……。せっかく六千年ぶりに会ったのにここでおさらばっぽいなァ……お前はもしかしたら地面に落ちても耐えられるかもしらんが、わしはちょっち自信ねェもんでな……」 こんな時でも軽口を忘れないジョセフに、デルフはからからと笑った。 「なーに、気にすんな相棒。六千年は確かに長かったが、また会えたのは確かだからよ。もうしばらくつまんねえ時間を過ごせばそのうちまた会えるってモンだろ」 「そう言って貰えりゃ気も楽ってモンじゃ……」 ごろり、と大の字に寝そべったジョセフは、無言で空を見上げた。 「あー……心残りがけっこーあるんじゃよ……わしを見取るのが喋る剣一振りっつーんがなァ……」 「なんだい俺っちだけじゃ不服なのかよ」 「そりゃーあよォ……せっかく頑張って五十年連れ添った妻とか可愛い娘とか口が悪い孫とか生意気な孫に恵まれたのに、誰にもわしが死んだって伝えられんのはなァ……」 ハルケギニアに来る前。承太郎に、帰らなければスージーには死んだと伝えろと言ってこちらに来た。あの時こそは死を覚悟していたが、魔法が実在する奇妙な世界に居着いた今では心残りも多々ある。 可愛い主人や友人達を守り切れた、その事実には満足できる。 だが、それでも。 「せめてな……わしの好きな連中にゃ、笑っててほしいんじゃ……。わしの好きな連中を悲しませる理由が、わしがいなくなったからと言うんはなァ……それは、とても――寂しいことじゃろう……」 ジョセフは、寂しげに笑う。 そんなジョセフに、デルフリンガーは聞いてみた。 「――なぁ、相棒よ。相棒は自分が死ぬのは怖くないのかい?」 力尽きたジョセフの口から漏れるのは、恐怖の叫びでも後悔の言葉でもなく。ただ、自分が遺す事になる人々を心配する言葉ばかり。 剣として、無数の戦場で無数の命の終焉を見届けてきたデルフリンガーは、ジョセフのような潔い最期を迎えようとする人間を見たことは何度かはある。 だが、その何度かの例外の他、何千倍もの末期の言葉は、死への恐怖や後悔の言葉。 圧倒的に数少ない例外の中でも、ジョセフはあまりに落ち着いていた。 これからどれだけの長い間、つまらない時間を過ごすのかは判らないが、せめて何百年かの慰みに。この誇り高くしみったれた老人の言葉を聞いてみたくなったのだった。 「そりゃ怖ェに決まっとるじゃろ」 即座に返ってきた答えに、デルフリンガーは質問したことをちょっと後悔した。 「でも今更何が出来るよ。わしゃやるだけのことはやったし……ルイズ達を救うことも出来た。やるべきことも出来なくて、ルイズ達を助けられなかったんじゃあない……そんだけ出来たらまァ、上出来ってモンじゃろうよ……」 「そうか」 しかし続けられたジョセフの言葉に、デルフリンガーは鞘口を鳴らして頷いた。 ジョセフは、一瞬だけ沈黙し。か細い声で言った。 「……わりィ、もうそろそろわし眠いんじゃ……ちょっと、ちょっと寝かせてくれ……」 「ああ、悪かったな。じゃあゆっくり、寝てくれよ」 デルフリンガーの軽口に、返事は、無い。 ――竜が、そこに辿り着いたのはそれから僅か数秒後の事だった。 * ハーミットパープルが伸びてきた先を辿るのは、難しいことではなかった。 ほんの数秒前まで雄雄しく伸びていた茨は消え去っていたものの、どこから伸びてきたかは頭に入っている。 ハルケギニアの大地さえも視界に入る中、シルフィードは岬に追い付いた。 岬の上に見えたのは、力無く地面に横たわるジョセフの姿。 シルフィードは落ち行く岬に追い付き、翼を目一杯広げてスピードを急激に殺し、地面に着陸する。 例え既に事切れているにせよ、ジョセフをこのまま岬に叩き付けさせる訳には行かない。 置いていこうとしても、ルイズが自ら駆け寄って引き摺ってでもジョセフを連れてこようとするだろう。 だからタバサは、迅速にジョセフを回収する為に魔法を唱えた。 ジョセフは随分と大柄ではあるが、トライアングルメイジのタバサが操る風を用いればさしたる苦労も無く体を持ち上げられる。 「く……」 だがたったそれだけの魔法を完成させただけで、タバサの意識は揺らぎ、僅かながらも彼女の表情を歪ませる。 しかしジョセフを無事に引き寄せることは出来た。 「ジョセフっっ!!」 自分の前にジョセフを運ばれたルイズが名を呼んでも、ジョセフは身動ぎの一つもしない。シルフィードの背に横たわったまま―― 「ジョセフ!! ジョセフ、ジョセフ!?」 何の反応も無いジョセフへ抱き付くように縋り付いたルイズが必死に名を呼んで身体を揺さぶるが、ジョセフは主人の呼び掛けに何の答えも返すことは無い。 風のロープで掴んだジョセフをルイズの元へ届けるが早いか、魔法を解いて額の汗を拭った。 「……飛んで。全速力で」 すぐさま言い放つタバサの命令に、シルフィードはきゅいきゅいきゅいとけたたましく鳴いて不満を表明する。 いくら風竜と言えども、徹夜でこき使われた挙句空中戦を繰り広げたり落ちる岬に追い付く為に無理矢理な加速をさせられたりしていれば、身体にガタも来る。 竜使いの荒い主人に使い魔が懸命に抗議するが、当の主人はにべも無く答えた。 「貴方が飛ばないと私達が死ぬ」 端的に現状を突き付ける涼やかな声に、諦める寸前の慰みにきゅいー!と声も限りに叫んで、大きく広げた翼に風を受けた。 そして、シルフィードが力の限り岬から離脱した十数秒後。 ニューカッスル岬は、ハルケギニアに激突し、大陸を大きく揺らした。 高く聳える山脈を打ち砕く爆音と、空まで巻き上がる土煙が背後に発生する一大スペクタクルにも、竜に乗った若いメイジ達が頓着することはほぼ無かった。 ウェールズとキュルケとギーシュは今だ気を失ったままだし、ルイズはそんな些事に気を取られている余裕などない。 唯一の例外が、意外にもタバサだった。 ガリアの山脈が大きく形を変えた瞬間を目撃したタバサは、雪風の二つ名を受ける平静な表情を保つ事さえ忘れて、首ばかりか身体も後ろへ捩って大きく目を見開いていた。 タバサは若いながらもこれまでに様々な経験を積んできたが、これほどまでの劇的な情景を目の当たりにしたのは初めての事だった。 (……もし、彼の力があれば……) 自分が渇望する結果に辿り着くのも、ジョセフの知謀が加われば今すぐにも成就できるかもしれない。 だが、その肝心のジョセフは主人の声に応えることもない。 普段の高慢さをかなぐり捨てて懸命にジョセフの名を呼ぶルイズの姿もまた、彼女を良く知る者達が見ればその目を疑うことだろう。 ピンクの髪を振り乱し、鳶色の両眼を見開いて、小さな手で大きな身体を揺さ振り、喉も枯れよとばかりに声を張り上げる。 「ねえっ、起きなさいよ! アンタ、私の使い魔なんでしょ!? アンタご主人様の言う事が聞けないの!?」 だがジョセフは何の反応も見せない。 ただ力なく竜の背に倒れているだけだった。 「アンタっ……バカじゃない!? 元の世界に帰らなくちゃいけないんでしょ!? 自分の家族に会わなくちゃいけないんでしょ!? こんな……こんなこと、で……!」 大きな目に、涙が溜まっていく。 「私……! ただアンタに迷惑掛けただけじゃない! たくさん助けてもらったのにっ……私は何も出来ないままで……こんな、こんなのって、ないわ!」 自分が使い魔の召喚に成功しなければこんなことにならなかった。 自分がやったことは、戦いを終えて故郷に帰るはずだった老人を無理矢理異世界に連れてきて、こき使って、殺したというだけのこと。 ルイズの頬を伝う涙は、ぽたぽたとジョセフの頬に落ちていく。 「ジョセフ……! ジョセフ、ジョセフぅっ!!」 悲しみ、怒り、憤り、不甲斐なさ。 ネガティブな感情を大量に混ぜ合わせた衝動に突き動かされ、ルイズは物言わぬジョセフの身体に縋り付いて声も限りに泣き叫んだ。 「えーと」 しばらくルイズが泣いていた所、今まで黙ったままのデルフリンガーが、かちりと鞘口を鳴らした。 「盛り上がってるトコ悪いんだけどよぉー」 普段軽口ばかり叩いてるデルフリンガーにしては珍しく、多少決まり悪げな物言い。 「相棒、生きてるぜ」 ぴたり、とルイズの泣き声が止んだ。 「マジマジ。ピンピンしてる」 ルイズはとりあえずジョセフの鼻を摘んでみた。 ふが、と眉を顰めたジョセフは顔を振って鼻から手を放させた。 「そりゃーアレだろ、立ち回りはするわ徹夜で働くわ波紋は練れないわスタンドパワーは使い果たすわで疲れて眠らない方がおかしいって話だろーよ」 首を横向けたジョセフは、気道の位置が変わったせいか小さくいびきをかき始めた。 「それにしてもアレだな。死んだように眠るってのは正にこのことだーな。確かに勘違いしちまうのはしょーがないかもしれねーが、それでもあれはないわ」 ルイズは何も言わず、ジョセフの腰に下がったままの鞘を手に取るとデルフリンガーを収めて黙らせた。 袖で涙を拭いてから、じっと自分達の様子を伺っていたタバサを見やった。 「……ユニーク」 まるで何事も無かったように呟くタバサに、ルイズの耳は真っ赤になった。 「み、みみみみみみみみみ見たの?」 「見てしまった。けれど他言する必要性はない」 普段通りに感情の見えない淡々とした口調の中に、ルイズは微かな笑みが見えたような気がした。 だがそれは自分の気のせいだ、と無理矢理自分の中で結論付けて、大きく息を吸った。 「ま、まあこれくらいで死んじゃうような使い魔じゃないとは思ってたわよ! だって私の使い魔なんですもの!」 「そう」 懸命に言い繕うルイズへ興味なさげな返事をしたタバサは、続いてウェールズに視線をやった。 「ジョセフ・ジョースターと打ち合わせていた事がある。このまま皇太子を王宮に連れて行くわけには行かない」 タバサの言葉に、ルイズは声を張り上げた。 「なんでよ! 姫様に皇太子殿下をお会いさせなきゃならないじゃない!」 「魔法衛士隊の隊長が裏切り者だった今、下手に王宮に連れて行くのは利敵行為。他に内通者がいるのは火を見るより明らか。それこそ戦争の口実を向こうに与えることになる」 至極もっともな言葉に、ぐ、と言葉に詰まるルイズをよそに、タバサは淡々と言葉を続ける。 「だから今から学院に向かう。ミスタ・オスマンに頼んで皇太子を匿ってもらう、というのが彼の考え。学院なら人目に付くこともないし警備も整っている」 そこまで言ってから、タバサは手綱を握り直して前を向く。 必要最低限の事柄を伝達すれば後は何も言わない素っ気無さに、何よ、と小さく口を尖らせるが、それ以上は何も言わない。 強い風が頬を撫でる中、ふぅ、と小さく息を吐く。 竜に乗っている六人のうち四人が意識を失っており、意識がある一人のタバサはシルフィードの手綱を握って前を見ている。 残る一人のルイズは、気持ちよさそうに熟睡しているジョセフの頬を撫でた。 「……ばっかみたい。よくよく見たら普通に寝てただけじゃない」 心配かけて、と使い魔の額を指で弾くと、ジョセフはまた少し眉を顰めて小さく首を動かした。また気道の位置が変わったせいか、いびきは止んで静かな寝息に変わる。 こんな無防備な寝顔を見ていると、とても王様を騙してメイジ達をこき使って岬を落とし、挙句の果てに皇太子殿下まで騙して無理矢理連れてきている張本人とは思えない。 思えば姫様の命を受けてからたった数日の間に色んな事があった。 アルビオンを滅ぼした裏切り者達、初恋の人の変貌と裏切りと……かつてワルドだった人間を、自分の手で倒した事。 色々姫様に伝えなければならないこともある。 それでも、今は清々しい気持ちが胸を満たしていた。 空は抜けるように青く、髪を後ろへ流す髪は心地よく涼しい。 ふと、ジョセフを見下ろす。 召喚した時からずっと被っていた帽子はなくなって、白髪が露になっている。あの薄汚れた帽子は空を落ちる中で飛ばされてしまったらしい。 「……御褒美に、新しい帽子を買ってあげなくちゃ……」 たおやかな手でジョセフの頭を撫で。とくん、と胸の中が強い鼓動を打つ。 吐息が、熱い。 唇がそう感じたと思った。 その時、ルイズは自分が何を思っているのか、自分でも理解できていなかった。 だからかもしれない。 静かに目を閉じて身を屈めたルイズの唇が、ジョセフの唇を掠めるように触れた。 時間にすれば、一秒少しのこと。 ルイズがうっすらと目を開けたその時、ジョセフの顔が占める視界に、バネでも仕込まれていたかのような勢いで身を起こし、慌てて周囲を見た。 だが今もまだ友人達は気を失ったままで、タバサは前だけを見ていた。 今の衝動的なキスを見た人間は誰もいない。 ジョセフも、やはり変わりなく規則的な寝息を立てている。 (……何) ルイズは、火が燃えているかのように思える自分の顔を両手で覆う。 (私、今、何をしたの) その中でも、唇が一番熱いように思える。 ジョセフと微かに触れたそこだけが、とても、熱く。 (何を、考えてるの) ふるふるふる、と首を振る。 (ジョセフは使い魔で……平民で……孫がいて……お父様より、年上なのよ) 最初は、契約の為のキスだった。 二回目は、錯乱した自分を落ち着かせる為の強引なキスだった。 三回目は。謎の衝動に突き動かされた、キスだった。 (そんな。そんなの、ダメよ) 否定したい。否定しなければならない。でも、否定、出来ない。 (何、何よ……どうして、こんなにドキドキするの……) 今まで生きてきた中で、これほど心臓が激しく動いたことなどない。 息苦しくて、胸が痛くなるほどの鼓動の中、ルイズは懸命に自分の中に芽生えた感情を拒否しようとする。けれど、ルイズは既に理解していた。 (――私は……ジョセフのことが―― ) 信じられないし、信じたくもない。 この気持ちが果たして本物なのか、そもそも貴族の娘である自分が抱いていいものなのかすら。今のルイズには判断し辛いものだった。 だが、それでも。 彼女を中から打ち破りそうな胸の鼓動は、確かにあって。 ジョセフ・ジョースターの体温を感じて安心している自分がいて。 ジョセフが死んだと思った時、人目も憚らず泣いた自分が、いたのだ。 小さい頃にワルドに抱き抱えられた時も、ワルドが変わってしまったのを思い知らされた時も、人ではなくなったワルドに引導を渡した時も、こんな風にはならなかった。 理性も感情も、とっくに答えを出している。 けれども、それを認めてしまうのは……使い魔だとか平民だとか老人だとか、そんなのを抜きにしても。 (――私は……ジョセフのことが――好き) ああ、と声を漏らし、両手で自分を抱いて俯いたルイズの表情は誰にも窺い知る事が出来なかった。 第二部 -風のアルビオン- 完